研医会通信  38 2009.7.15

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このホームページでは、当館所蔵の古医書をご紹介いたします。

今回は [眼科諸流派の秘伝書(4)]

 『馬渕流目伝書』 と 『家里流目薬並灌頂之巻』 です。

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眼科諸流派の秘伝書(4)

馬渕流目伝書』 ・ 『家里流目薬並灌頂之巻』 

 

8 馬渕流目伝書


 眼科の流派の中にはその名称だけ伝えられて、その秘伝書等の資料はほとんど見当らないものがはなはだ多い。馬渕流もその一つであるが、筆者の手許にある資料によって馬渕流の一部を窺ってみることにする。

 この写本は延宝9年(1681) 1月24日、従学翁の伝えとして書写(方照書之)相伝されたものである。その識語にはおよそ次の様に認められている。

「右一流常福寺之汲清流或内治外科秘方等之廻行数年之功鍛錬之一冊編立各馬渕流卜云フ
 従学翁伝之 在判  延宝九年辛酉年正月廿四日 」

 この写本は後世書写相伝されたものと思われるが、およそ60丁、全1冊横長本よりなり、その前半42丁に馬渕流を掲げ、後半18丁には望月流の眼目書を載せている。文章は漢文の部分もあるが、大半は片仮名交りの和文である。また、前半42丁は更に馬渕流の「目之薬一流」「眼目捷経切紙」(巻1〜 9)の見出しのもとに述べられている。

 「目之薬一流」の見出しの項には防風湯、営帰地黄湯等処方の他、新庄殿練薬、星目ウハヒ掛薬、雲切散、金明丹、真珠散、白礬散、夢想散、洗薬等を掲げている。次いで眼見様之事、病目ノ事、丁目ノ事、外障ノ事、内障ノ事、中障ノ事、上氣膜ノ事、風毒膜ノ事等々目の治療についての要領を備忘録的に記述したものである。

 「眼目捷経切紙」はこれを巻1から巻9の切紙として眼疾の治療法、洗薬、指薬等についてのべている。即ち切紙巻1 疾眼(ヤミメ)。 巻2 薬方痛目、薬方痒目他。巻3 爛目。巻4 目竹、竿膜。巻5 目蒼、中障、風毒、白膜、虚膜、ムス薬ノ方。巻6 内障論。巻7 生死。巻8 血ヲ取ル方。巻9 ウブチ、金竜膏加減ノ方。

 また、馬渕流の薬方に挙げられているものには五霊膏、春雪散、紅梅散、丹蛇散、同銘、銅青散、五金膏、黒神散、竜脳虎肉散、丹竜散、退腫散、同銘、洗薬、丹珠散、金竜膏等があり、主に用いられた様である。また、 この流派では内障針術(青、黄、赤、白、黒内障)、
中障療治等に用いられた器具には「目醫療具」の項に

 「長サ三寸ノ針ニツ、血ヨリ(カミヨリ)一ツ、毛ヌキーツ、捻針ニツ、銅皿一ツ、銅張一ツ、薬皿一ツ、天目大小三ツ、鴨羽析ノ枝紙ヨリ」等が挙げられている。烙法には熱金(アツガネ)、温金(ヌルガネ)等が用いられた。あるいはまた、「諸眼病ツクロイ秘方之題目」とい
う項には馬渕流で用いられた各種眼病に対する治療方法の秘方、秘薬として、打目には丹蛇散、小児虫目には丹竜散、 目痒には辰砂散等22の薬物名を列挙している。

 この様に馬渕流は延宝年間には既に一流派を成していたものと思われるが、 この流派の特筆すべき点は見当らず、他の流派(望月、家里流等の文字が本文中に散見される)の秘伝書(巻物)の要点を抜き出し、これを集めて馬渕流としたものと考えられる。馬渕流目伝書はその秘方を伝えたものであるが、眼病論などにはあまりふれず、専ら治療方のみを記述した秘伝書ということができる。


9.家里流目薬並灌頂之巻


 家里(イエサト、あるいはケリの振り仮名あり)流眼科は伊賀国(阿拝(あへ)、山田、伊賀、名張(なはり)、現在の三重県)に興ったと伝えられるが、またその年代も明確ではない。
「実験眼科雑誌」の眼科史料(小川剣三郎)によると、文化年間の「眼療秘伝書」という写本の中に、家里流の極秘法を載せているが、 この法は伊賀国家里祐庵円清よりの伝書であると書かれているといわれる。家里流眼科は文化年間以前に伊賀地方に興ったものと推測される。また、同眼科史料には家里流眼科と家里和泉守、家里伊賀守との関係についてものべられているが家里和泉守は家電の本家といわれ、家里伊賀守と家里流との結びつきについては確証を得ないとされている。

 この『家里流目薬並灌頂之巻』は52丁、全1冊の写本(寛文頃2)で、本文は達筆な平仮名文で書かれ、内容は家里流眼科の薬方を記述したもので、およそ次の種類の薬用方が挙げられている。

 龍丹散、龍脳散、真珠散、竜丹膏、人参敗毒散、揆雲散、明眼地黄円、千金丸、大真珠明眼散、上明散、石膏散、明上散、塩硝散、自磐散、春雪膏、決明散、人参湯、三黄円、洗眼湯、潟肝湯、洗肝湯、四物湯、増損四物湯、十全大補湯、五香三黄湯、加減四物湯、夜刃丸散、膚香散、升麻葛根湯、保童丸、安虫丸、添*金円(*さんずいの替わりに月)
、厚朴湯、養胎散、金花散、麻黄湯、通氣丸、枳殻散、神応黒散、五霊膏

 この中、潟肝湯、五霊膏は家里流の極秘の名法といわれる。また、五霊膏の條に「此法ハ小野道閑家二伝ハル秘方ノ薬大事也」と書き添えられている処より、家里流において小野家よりこの法を引継いだものと思われる。

 また、家里流眼科を伝えるものに『伊賀国家里眼目一流療治秘方之巻』(間嶋、大隅、高田、 山岡、 赤松流眼目医法、巻1−3、 と合綴)という写本があるが、 この写本の「眼目見様並薬方薬生袢様之蔓」の項には内障五色(青赤黄白黒)についての記述があり、白内障、黄内障の針による治療法も詳述している。この『伊賀国家里眼目一流療治秘方之巻』と『家里流目薬並灌頂之巻』に所載の薬方の種類を比べると、 この写本の方が『家里流目薬並灌頂之巻』よりやや多く、清眼散他およそ100余通りの薬物処方が挙げられている。

 この様に家里流眼科は初め伊賀国に興されたものと思われるが,その秘伝の薬方や限病療治の方法も後世(江戸中期以降)に至り、間嶋流眼科等の影響を受けて次第に改良されて行ったものと思われる。

 


 

(1982年 2月 中泉、中泉、齋藤)

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