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研医会図書館は近現代の眼科医書と東洋医学の古医書を所蔵する図書館です。

この研医会通信では、当館所蔵の古医書をご紹介いたします。

今回は 眼科諸流派の秘伝書 (44)

53.『甲斐流眼目之書』です。

 

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文庫の窓から 眼科諸流派の秘伝書(44)

53.甲斐流眼目之書

 

 甲信の地に隠医として実用的治方の妙術をもって活躍した戦国時代の名医、永田徳本(知足斎)については、その医説とともに多くの先輩によって広く研究されてきた。

 徳本は三河の人、信濃の人、美濃の人、あるいは甲斐の人などといわれ、その生れを詳にせず、諸国を周遊して一処に長く留ることがなかったが、中では甲斐の国(山梨県)に留る日が最も多かったといわれ、それ故甲斐の徳本とも呼ばれる。彼は後、張仲景の学説、すなわち傷寒論をわが国に初めて実践し、徳本流という一流派をなしたことはよく知られているところである。『甲斐流眼目之書』は甲斐の国の住人、永田徳本より伝えられた秘伝書とみられるが、本書の末葉には次の様な相伝の一筆がある。

 「右之一巻自徳本翁相伝而療治数人之処貴殿数年依御執心毛頭無残令伝授畢他見他信不可有者也矣」
 本書はわずか17葉、 全1冊、 横長(14.5×18.5cm)で、表紙に「甲斐流眼科」とあり、内題に「甲斐流眼目之書」とある。本文は片仮名混りの和文で書かれているが記述は簡略である。内容目次は次の10項である。

1.能毒、2.法度、3.禁物、4.好物、5.灸門、6.眼見分、7.練薬、8.洗薬、9.煎薬、10.極論。

 能毒は竜脳等およそ55種について記述があり、また、練薬、洗薬、煎薬については薬物処方が述べられている。その主なものを挙げると、

  練薬: ●芦甘石(3両)、麝香(3分)、活石(1匁)
    ●石膏(3両)、寒水石(3両)、竜脳(1朱半)、 樟脳(2両)、外石(5分)、金薄(3枚)、朱(3分)
  五霊膏: ● 黄連(5両)、 赤芍薬(1両)、 防風(2両)、杏仁(1両半)、加熊膽(少)、蓬砂(1匁2分)、ロカン石、加竜脳(1朱)、麝香(1朱)
  外金膏: ● 竜脳(1朱)、 麝香(1朱)、 樟脳(1朱半)、天南星(1朱半)、木賊(1朱)、開元銭粉(1朱)
  血目洗薬: ●石膏(大)、辰砂(中)、明磐(少)
  風眼洗薬: ●地黄、当掃、川キュウ(くさかんむり+弓)、黄連、黄蘗、明礬
  五内障洗薬: ●当帰、赤芍薬、杏仁、黄連、桐青、防風、薄荷
  爛目洗薬: ●五倍子、蔓荊子、白粉
  萬目洗薬: ●五倍子、天花紛、シキヒノ葉、辰砂、杏仁
  内障内薬: ●当帰、川キュウ(くさかんむり+弓)、防風、大黄、薄荷、尭活、甘草

 この他に挙げられている薬として照明散、白神散、突目之薬、疱瘡散、二妙散、白明散、爛目之薬、神明散、水薬之秘法、血目風眼薬、萬薬之方、諸風眼湯、萬目痛之薬、目瘡カケ薬等がある。

 内障の見分け方としてヒトミやクロマナコの色によって青、黄、赤、白ソコヒ等単純な見分け方を示している。また、諸物を見ている時、花輪の様なものが目の前に散るのはソコヒの初めと心得、あるいは目に星花の様なものが出、針で刺す様に痛み、眼の内に血筋もなく腫もしないでさしこわれるのはソコヒの始りと知るべしと、何れも簡単な見分け方の説明である。

この他、本書には他の秘伝書にも見られる食物禁好の種類をそれぞれ多数掲げているが殊に限病の法度に飲食過多、房事、思慮過多、細彫刻、管絃音曲等が挙げられている。

以上『甲斐流眼目之書』に伝えられる徳本の眼科の一部であるが、徳本の医学を伝えるものとして『医之弁』『梅花無盡蔵』などが知られているが、明和5年(1768)に刊行された『知足斎梅花無盡蔵』巻下の眼目門には次の様な記述がある。

  風眼煎薬: ●○くさかんむりに下のような文字、地骨皮、当皈(当帰か?)、黄蘗、五加皮、風熱二中り目赤痛ミ頭痛シ上気シテ涙出時、
    ● 木賊、尭活、黄苓、黄連、地黄、芍薬、
    目赤ク痛ミ瞼爛渋テ開キガタキ時の洗薬
    ● 沈香、荊芥、五倍子、黄連、黄蘗、開元銭
    目痛モセズ爛モセズ只光薄キニハ、
    ● 毎日早目ニ起テ食塩少許フ取、指ニテロ中歯鹸マデヲ楷、新汲水一口ニテ漱シ、其水ニテ常ニ目フ洗バ目ヲ病事ナク老二至テモ光猶アキラカナリ。
  龍脳散: ●炉甘石、龍脳、蓬砂、熊膽、軽紛。
  光明丹(温薬): ● 石羔、蓬砂、膽礬、 滑石、 蛇骨、軽紛、胡椒、樟脳、麝香。
  金明膏(冷薬): ● 金薄、蓬砂、膽礬、石恙、 軽紛、樟脳、滑石、辰砂、麝香。
  五霊膏:  ●蓬砂、炉甘石、龍脳、麝香、黄連、防風、芍薬、菊花、杏人、熊膽。
○(=目+多)眼洗薬: ●楊梅皮、枝子、 当皈、 荊芥、 杏人、 秦青、黄連。
點薬(サシグスリ、 水薬): ● 塩梅(3ヶ)、 開元銭(5銭)、食塩(少)、明礬(少)、膽礬(少)。コレヲ水二浸シ温テ點ズベシ。

 これは『梅花無蓋蔵』の眼目門に掲げられた薬物処方の一部であるが、これを前述の『甲斐流眼目之書』と比すると類似の処方があることが窺える。しかし、『梅花無蓋蔵』の徳本著者説には凝義があり、『梅花無蓋蔵』は徳本の著書ではなく、徳本が若い頃半井家の医事を学んだ時、半井家より伝来のものであって、徳本の書と心得て後世の人が刊行したものであろうという小島焦園の指摘があり (宮下二郎氏)、 また、奈須恒徳(柳村)の『本朝医談』 (文政5年刊)には「『梅花無蓋蔵』は甲斐の人徳本という医が著したるというはうけがたし、予の蔵する所の本の巻尾に天文十九庚成七月十二日雖知苦斉道三を初めとして永禄祗暁、天正露白斎等の名あり、徳本の名みえず、且『授蒙聖功方』を以て考るに無蓋蔵の書は徳本これを専門に伝えたる也、新に著したるにはあらず」と述べられており、その眼目門に述べられた眼科が果たして徳本流眼科を正しく伝えたものかどうかさだかでない。

 この様に『梅花無蓋蔵』の眼目門がその"勘弁"(徳本自己流解釈)の項を除いて曲直瀬道三の「授蒙聖功方」(天文15年成書)の眼目門と同様な文章の配列になっていることは、徳本が初めに道三流医学を学んだ影響からであろうか、『甲斐流眼目之書』に伝えられた眼科は道三流医論から受継がれた眼科が徳本によって自己流に修正、工夫され、後世に伝えられたものと思われる。

主な参考文献  
永田徳本・荻野元凱: 知足斎梅花無蓋蔵.明和5 (1768)刊
奈須 恒徳: 本朝医談.文政5(1822)刊
富士川游: 日本医学史.203、 日新書院、 東京、1943.
呉 秀三: 永田徳本及其医説.中外、No 298.
森 銑三: おらんだ正月 冨山房、東京、1939
宮下 三郎: 徳本の伝説とその医説.医譚15、11、日本医史学会、関西、1957.
中泉 行正: 古医書をたずねて.122、千寿製薬、大阪、1978.

 

 
 
図1 『甲斐流眼目之書』 目録。

 

 
 
図2 図1同書。徳本翁相伝の書、伝授の識。

 

 
 
図3 『梅花無盡蔵』 眼目門。明和5年(1768)刊。

 

 
 
図4 『授蒙聖功方』眼目門。

 

 
 
図4 同書つづき

 

 
 
図4 同書つづき

 

 
 
図4 同書つづき。眼目門の最後部分。

 

 

(1985年8月 中泉、中泉、齋藤)

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