研医会図書館は近現代の眼科医書と東洋医学の古医書を所蔵する図書館です。

この研医会通信では、当館所蔵の古医書をご紹介いたします。

今回は 『鵬氏新精眼科全書 』(1)です。

鵬氏新精眼科全書(1)

 幕末に蘭医ボードウィン(Dr. Anthonius Françoise Bauduin)が来日し、初めて近世の眼科全般を日本に伝えたことはよく知られている。

 ボードウィンは長崎精得館(長崎大学医学部前身)や大阪府医学校(大阪大学医学部前身)その他の医育機関で教鞭を執り、生理学、眼科学を初め数科目を教え、患者の治療も行い、その門人や、患者の数も多数にのぼったといわれる。

 当時各藩においては藩校や塾が設けられ、若人に勉学の道が開かれていたが、中でも近代医学の道を志す者はやはり長崎や江戸に留学するのが修学の近道と考えられた。本書はこうした時代の長崎留学生による講義筆記をまとめたもので、その筆記識語に「南越・城北医生、山本筆記(印)」とあり、慶応元年(1865)福井藩より長崎精得館に留学し、蘭医ボードウィンに師事して、内外科、薬剤学および眼科学を修めた山本氏によるボードウィンの眼科学講義の筆記にして、慶応3年(1867)に精写したものと思われる。

 『長崎医学百年史』には橋本綱常の長崎留学当時の回想が次の如く述べられている。
「藩主の命により高桑道華(実)と共に翌慶応元年再び長崎留学に赴いた。当時長崎精得館にはポンペの後任としてボードウィンが教鞭をとっており、福井藩からは次兄綱維の他、半井澄、三崎宗玄、岩佐純、山本良哉(匡輔)等が留学していた」。
本書の筆記者はこの時の留学生、山本良哉(匡輔)と思われる。山本氏は本書の跋に次の様に述べている。
 「予西遊ノ日業ヲ抱○(馬+包)英先生二受ク、先生崎陽二来リ講説治療スルコト既二数年、其ノ大イニ進ミ大イニ盛ルハ西洋紀元千八百六十四年ヨリ六年間ヲ以テス。已ニシテロ授スルノ書、療治セル人モ亦タ随テ多シ、蓋シ先生数科学業中眼科ノ事二就イテハ獨り古今ノ一大家ニシテ、其ノ卓絶タルコト論ヲ待タズ。然ラバ此ノ書ヤ至精至明ニシテ其ノ冠タルモノナリ。且ツ述ル処ハ視官理学ヲ首トシテ薬剤施用フ尾トス。其ノ稔月霜月念九ヨリ翌年橘月初七二至ル。幸然シテ質此ノ良機会二投シ明師ノ床傍二侍坐シテ日々口授ヲ記載シ、夜ハ惣官及ビ学監ノ筆記ヲ照合シ、畧々謬誤ヲ質シ以テ簏底二蔵シテ還り而シテ更二考訂シ新ニ篇集シテ普ク同志二裨益セント欲シ、心オ尽シ思ヒオ焦スト雖モ他二至精ノ書ナリ、我ニ抜撰ノ智ナク、徒二経月経年茲二至ル、然レドモ黙シテ止ムベカラズ、再ビ宿稿ノママ篇綴シテ更に訂正ヲ加ヘント爾云。

慶応三丁卯年大呂下院
南越 城北医生識(押印)」

 これによると山本氏がボードウィンの講義を受けた期間は慶応元年(1865)11月29日より翌年慶応2年(1866)5月7日に至る間となっている。そしてその受講日は以下の通りでおよそ57日におよんでいる。

  • 慶応元年(1865): 
  • 11月29日
  • 12月 3、 6、 8、10、13、 15、 17、 20、 22、 24、 27日
  • 慶応2年(1866): 
  • 1月 8、 10、 13、15、17、20、24、27、29日
  • 2月 3、5、7、10、12、14、17、19、22、25、27、29日
  • 3月 4、9、11、13、16、18、20、23、25、27、30日
  • 4月 2、4、8、10、12、15、17、19、22、24、28日
  • 5月 4、7日

 また、日々の口授筆記を夜惣官や学監の筆記と照合して誤りを質した、と留学生の熱心な勉学ぶりが述べられているが、この時の惣官、学監には『長崎医学百年史』によると、ポンペの帰国後、松本良順が江戸の医学所に移ったので、良順の行っていた頭取は八木称平に托され、その後、戸塚文海(内科兼務)がその任に当り、更に相良知安および高橋正純(薬局長兼務)がこれを継ぐ、と記されており、戸塚文海が惣官で、高橋正純が学監の任に当っていた様である。

 『新精眼科全書』は第1冊(75葉)、第2冊(66葉)第3冊(63葉)、第4冊(69葉)の全4冊よりなり、本文は和紙に片仮名漢字混りの和文で筆記され、装訂は表紙に二重八角の中に草花模様(凸浮き出し)をあしらった黒茶色のものを用い和綴で仕上げられている。第1冊の外題簽には諳斯的爾覃 陸軍第一等伊篤列屈篤大学校教頭 諳杜担私、拂郎津斯鳩私 抱道印墨斯的爾 新精眼科全書 巻之壹とあり、第1冊以外の題簽は鵬氏新精眼科全
書と巻数を書き添えている。

housisinseigankazensho01s.jpg

図1  『新精眼科全書』巻頭 ボードインロ授 山本医生筆記


housisinseigankazensho02s.jpg

図2  図1同書 瞳孔縮少 異常散大 閲読訂正は未書で紙面を染めている。


housisinseigankazensho03s.jpg

図3  図1同書 慶応3年 南越 山本医生跋

(1985年11月 中泉、中泉、齋藤)