外科必読　質篤満眼門（１）

　安永3年（1774）に『解体新書』が前野良沢、杉田玄白、中川淳庵等によってわが国における西洋医学書の本格的翻訳書として刊行されて以来、新知識を求めて西洋医学の輸入に努める意気込みは年々盛んになった。中でも近代外科書の翻訳には数々の大著がみられるが、幕末における蘭書の翻訳外科書として知られている主なものには『瘍医新書』（寛政2年～文化13年）、『瘍科新選』（天保3年）、『窮理外科則』（文化～弘化年間）等枚挙に暇がない程であるが、その中の一つに箕作院甫訳の『外科必読』がある。

　この書は近代外科の翻訳書として未定訳稿ながら完本であり、日本外科史上特筆すべき一大作といわれている。（呉秀三著『箕作院甫』）

　『外科必読』には幾種類かの写本がある様であるが、筆者の手許にある写本は“外科必読、咸宇 箕作虔未定訳稿"とあり、全42篇、附録、手術数套よりなり、コヨリ綴り、目録1冊を含めて全16冊 （24.0×17.5cm）である。全体を上中下に分ち、
巻之上： 総論、外科括套、外科各套（自第1篇至第8篇）
巻之中：（自第9篇至第26篇）
巻之下：（自第27篇至第42篇）
附録：　手術数套

　本文は漢字片仮名交りの和文で記述され、その巻之下、第27篇より第33篇まで眼疾門であり、この部分が別に書き出され、“外科必読、眼疾門"とまとめられ、写本で伝えられているものもある。

　蟄杜満原著、福鳥都蘭訳、咸宇箕作虔未定稿本『外科必読』は.“Lehrbuch der Chir,zu Vorlesungen ……, Leipzig, 1800～02が原著で、 その蘭訳本は“Leerboek der Heelkunde van Johann.August Tittman"、door A van der Hout, 1817, Amsterdamであろうといわれている（阿知波五郎稿『日本医史雑誌』12：2、56）。　また、チットマンの『外科必読』眼科部門の翻訳にはホウトの蘭訳本より高良斎（淡、子清、1799～1846）が重訳したといわれる『唱蘭銀海秘録』、『眼科使用』、『西説眼科必読』等が知られている。

　『喎蘭銀海秘録』（6巻）は蟄篤満原著『外科必読』を1817年福鳥的が蘭訳し、 文政11年 （1828）9月、高良斎が重訳したものといわれ、『眼科使用』（4巻）、『西説眼科必読』（4巻）、これは良斎が長崎において重訳したものを、天保年間に大阪で『眼科使用』という書名で出版しようとして許可を請い出た時、官吏はその書中に附記した良斎の補説に、シーボルトの実験および処方等が記載されているのを指摘して出版を許さず、良斎はその処置に苦しみ、書名を“西説眼科必読"と改め、重ねて出版を請い出たが、シーボルトは国禁を犯した者故、書中よりその名を除かなければ許可し難いと断わられ、良斎は遂にその出版を断念した（高於菟三、高壮吉著、『高良斎』113頁）ということで、つまり、Tittman本を原著とするHout蘭訳本の第1訳稿本が『喝蘭銀海秘録』で、後日これを訂正した第2訳稿本が『眼科便用』であって、さらにこれを校訂してエンビマルク薬局書、ホウト薬性主治書、アムステルダム薬局書、イペイ薬性主治書、セイテンハム外科書、スチュアルト外科薬性書、ベルレイン内科捷径書、プレンキ眼科書等オランダの諸書より引用追補し、これにシーボルトおよび自家の臨床経験談を増補したものが『西説眼科必読』であろう（小川剣二郎氏言）と『高良斎』伝に記されている。

　『眼科必読』には“西説"と“泰西"の異なる冠称のついているものがあるといわれ、 こられを『唱蘭銀海秘録』や『眼科使用』と相対照すると、共に同一の原著を訳したものと考証され、その原本はLeerboekder Heel, Kunde van Johan August Tittman,door A van Hou, 1817.Amsterdamの眼科の部を和訳したものであり、さらに、このオランダ本の原典は Johan August, Tittman, のLehrbuch der chir, zur Vorlesungen, u.s.w.Leipzig，1800-02である（福島義一稿、 日眼八十年史、24）ことが認められている。

　次にチットマンの外科書、ホウト蘭訳本の眼科部門の翻訳された内容についてであるが、手許の『外科必読』眼門（咸宇箕作虔未定訳稿）、『銀海秘録』軒口蘭蒲宇杜著、 日本永章訳）、『西説眼科必読』（帝篤満原本、福鳥篤訳校、高良斎訳考）等三書の目次を対照すると以下の通りである。

外科必読 巻下之一
質篤満眼門 全
咸宇箕作虔未定訳稿

第27編　標目
眼焮衝総論 単眼燎衝 加太児刺列眼焮衝 償麻窒設及痛風様眼焮衝 療療性眼焮衝 梅毒眼焮衝 真梅毒眼焮衝 我乃尓魯利設眼焮衝 痘眼焮衝 麻後眼焮眼 悪液眼焮衝 眼腺焮衝 奇醜眼 生児眼焮衝

第28編　標目
膿眼 角膜騎 眼中鶴肉翅騎 葡萄腫

第29編　標目
眼胞病：　眼瞼翻花 倒睫 上瞼搭 兎眼 両瞼生着眼胞瘍腫 麦粒腫 胞腫

第30編標目
涙道病：　涙阜腫脹 涙嚢緻衝膿潰 涙療（漏）涙粘涙道諸病

外科必読、巻下之二

第31編標目
灰翡及績症ヲ論ズ：　灰騎 膜翡 遺翡 虹彩脱 瞳孔緊東

第32編標目
視力病：　瞳孔開大 菫盲夜盲 膳視虚衰（弱）近視 遠視 重形 半形 眼前視班点及火光
黒障 緑翳　邪（斜）視

第33編 標目
眼球諸病：　眼水腫銀海秘録 巻之一眼球脱 眼球裁去 嵌（癌）眼


銀海秘録 巻之一
　　和蘭 蒲宇社著
　　日本 永 章訳

眼焮腫総括：単性眼焮腫 傷冷毒眼焮腫 走注痛風眼焮腫 療庭眼焮腫 梅毒眼畑腫 淋涯眼焮
腫 痘癒眼焮腫 疹後眼焮腫 悪液眼焮腫 眼瞼腺焮腫 爛瞼風 新児眼焮腫 膿
漏眼 角膜疲点 眼爪蒲萄腫
眼瞼諸疾：　眼瞼外反 挙毛倒睫 上瞼低垂 兎眼 眼瞼接合 眼瞼腫瘍 麦粒腫 眼瞼嚢膜腫
涙道諸疾：　涙堆腫脹 涙嚢焮腫潰膿 涙管療（附手術）涙点涙道諸疾

銀海秘録 巻之二
灰白内障 水晶液障 水晶嚢障 硝子液障 針術前預幷手術（下墜法、奪易法）細帯幷針后経日発症 水晶嚢障 針后内障眼井手術 紅彩挺出 瞳孔閉縮丼針術
視神諸疾：　瞳子散大 日略夜略 弱視眼 近視眼　遠視眼 重視眼 半視眼 眼火飛蠅 黒内障
　緑内障　斜視眼
眼球諸疾： 眼水 眼球挺出 眼球切除丼手術 眼癌毒図井擬眼

西説眼科必読 巻之一
　　独乙 伊亜 帝篤満原本
　　和蘭 亜般 福鳥篤訳校
　　日本 阿波 高良斎訳考

眼焮腫総括 単性眼燎腫 傷冷毒眼焮腫 痛風眼焮腫
鵜瘤毒眼焮腫 梅毒眼焮腫 痘着眼焮腫 麻疹眼焮腫
雑毒眼焮腫 瞼眼焮腫 多涙瞼焮腫 赤子眼焮腫

西説眼科必続 巻之二
角膜諸症： 膿眼 角膜斑点 角膜翅騎 蒲萄腫
眼瞼諸症： 眼瞼外反 睫毛内刺 上瞼下垂 兎眼 眼瞼接着 眼瞼麦粒腫 眼瞼嚢腫

西説眼科必読 巻之三
涙道諸症： 涙阜腫脹 涙嚢上腫造膿 涙管瘻 涙点涙通諸患
水晶体水晶膜並属症：　灰白内障 水晶膜障 鍼後騎障 蒲萄膜突出 瞳孔縮閉

西説眼科必読 巻之四
視能諸症：　瞳孔 昼盲晩盲 弱視 近視 遠視、重視 半視 飛点 黒内障 緑内障 斜視
眼毬諸症：　眼水 眼毬挺出 眼毬切除法 儀眼



図１　質篤満眼門　表紙




図２　図１同書　標目（目次）




図３　図1同書 巻頭。外科必読第27編眼門

（1986年4月　中泉、中泉、齋藤）