研医会図書館は近現代の眼科医書と東洋医学の古医書を所蔵する図書館です。

この研医会通信では、当館所蔵の古医書をご紹介いたします。

今回は 「眼科新説 一名銀海金針」です。

眼科新説 一名 銀海金針

古来、わが国では秘伝書にその伝授書固有の名を採つてその書名としているものは稀ではないが、外来本の部分的翻訳の場合、原本の書名とは別にその部分訳に適した書名を付して独立した一本の様にすることもある。

本書はチットマン(Johahn August Tittman、1774-1840)の外科書(Lehrbuch der Chir)のホウト(Van der Hout)蘭訳書、眼疾門の邦訳(箕作阮甫未定訳稿)を基に、新たに『眼科新説』一名『銀海金針』という書名を付けて刊行した。いわばチットマン外科書眼科部門の邦訳書の刊本である。そもそも本書の原本となっているチットマン外科書のホウト蘭訳本が何時頃わが国に輸入されたかは明らかでないが、高良斉や箕作阮甫、その他によつて翻訳されたとする年代がおよそ文政年間(1818~1829)から天保年間(1830~1843)といわれ、それ以前に入つたものと推測できるが、邦訳されたものは何れもいろいろな事情があつてか刊行されず写本で伝えられ、その後、文久元年(1861)に至り邦訳の一部が版になったものと思われる。

『眼科新説』一名銀海金針(眼科の“科"の字が“料”に誤植されている)は皇都、眼医、仙心越高怱(越智氏、名:崧、字:高崧、通称:仙心、号:桂荘、別号:静慎、佛手仙心、一邨、伊予国 伊予郡灘町人、文化5年-明治13年10月7日没、73歳)訳述とあり、安政4年(1857年)初夏、老友岩名好謙子光氏の序を載せて文久元年(1861)仙心堂蔵版で三書堂より発行された。

この刊本は上(27丁)、中(26丁)、下(34丁)の3巻3冊(26×17.3cm)よりなり、匡郭単辺、有界、毎半葉10行、毎行19字詰、版心に書名、魚尾、巻数、丁数および蔵版名(仙心堂)を刻した黄表紙の和綴本である。

本書の内容は、各巻の項目からみると、
巻1:  眼○(=火+欣)衝總論
巻2:  単眼○(=火+欣)衝、加太児刺列眼○(=火+欣)衝、僂麻室設及痛風様眼○(=火+欣)衝、瘰癧性眼○(=火+欣)衝、梅毒眼○(=火+欣)衝、真梅毒眼○(=火+欣)衝、我乃爾魯利設眼○(=火+欣)衝、痘眼○(=火+欣)衝、麻疹後眼○(=火+欣)衝、悪液眼○(=火+欣)衝、眼眶腺○(=火+欣)衝、奇醜眼、生児眼○(=火+欣)衝、膿眼、角膜翳
巻3:  眼中○(=奴の下に肉)肉翅翳、葡萄腫、眼瞼翻花、倒睫、上瞼搭垂、兎眼、両瞼生着、眼胞癰腫、麦粒腫、包腫、涙阜腫脹、涙嚢○(=火+欣)衝膿潰

となっており、 これらの項目を本欄に既述(臨眼40(4))の『外科必読』質篤満眼門、『銀海秘録』および『西説眼科必読』等の項目と対照すると、『外科必読』眼門第27編より第30編の初め、『銀海秘録』の巻1、そして『西説眼科必読』巻1より巻3の初めまでの項目と符合する。また、記述の内容はそれぞれ各項目の眼疾患についてその證候、原由、治法を順次のべたものであるが、箕作虔未定訳稿『外科必読』眼疾門第27編より第30編の初めまでの項目、内容本文とも全く同じである。ただし、本書の巻1に所載の眼○(=火+欣)衝總論に続いて記述された眼球○(=火+欣)衝(約21葉)等については箕作虔未定訳稿『外科必読』眼疾門、永章訳『銀海秘録』、高良斎訳『西説眼科必読』には何れもその部分を欠いている。

この様に本書はその内容本文からみて箕作虔未定訳稿『外科必読』眼疾門の第27編より第30編の初めの1部までを文久元年に出版したものと考えられるが、文久版の本書巻3の奥付に掲載された広告欄には「銀海金針眼科新説二編近刻」と載つている処より『外科必読』眼疾門第31編より第42編までをこの文久版に続いて刊行する予定であつたことが推察される。また、本書は越高崧訳述となっていることから箕作虔阮甫訳とは別にチットマンの外科書の蘭訳本から翻訳したものであろうか。あるいは越智崧は箕作阮甫の門人であり、親交の深かった関係で師の翻訳原稿をもとに出版したものであろうか。この点は推測の域をでない。ともかくチットマン外科書の蘭訳本より翻訳された眼疾門は、その一部ではあるが漸く刊本となったわけである。

越智崧の著書にはこの他、『眼醫秘笈』『炎施月○(=月へん+「雨」の下に「文」)爾篤眼科書』『眼醤金針内翳書』等の書名が知られている。


主な参考文献
呉 秀三:  箕作阮甫伝.291、大日本図書、東京、1914
小川剣三郎: 実眼 2:213、1918
小川剣三郎: 稿本日本眼科小史 149、吐鳳堂、東京1904





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図1 銀海金針 眼科新説、扉および序文。


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図2 蟄篤満外科必読目録。箕作虔阮甫未定訳稿。

(1986年6月 中泉、中泉、齋藤)