研医会図書館は近現代の眼科医書と東洋医学の古医書を所蔵する図書館です。

この研医会通信では、当館所蔵の古医書をご紹介いたします。

今回は 『ステヘンソン眼科書』です。


斯弖歇謨索謨眼科書(仮称)   ステヘンソン眼科書

 この珍本は今からおよそ30年前の1956年4月1日、東京会館において開催された日本眼科学会創立60周年記念行事として行われた日本眼科古書展の際、岡山大学の筒井徳光先生から別記のような書面を添えて寄せられたものである。書面の一部を引用させていただき、本書を紹介する。書面によると「この写本は訳者の名なく、国訳未定稿となっていますが、禁断の書のためワザと書かなかつたのかも知れず、岡山の古本屋で手に入つた点から、足守の緒方洪庵か弟子あたりの訳かとも想像されますが確実ならず、漢字も富士川游先生来岡の節、オランダ、ステヘンソン、アムステルダムなど読んでもらったので、岡山の集談会に供覧したことがあり、石田憲吾君に貸して、同君が更に調べ英国のステヘンソ ン原著のオランダ訳を和訳したものと判りました。写本の最後の章には義眼も出ております。表記に消えかかった木梨貞…… とあり、法医学教室で写真もとって貰いましたが、下の一字か二字は確定せず、裏の色鉛筆の楽書に木梨貞次郎とあり、その人が所有者(或は記者?)と思いますが調べても不明でした云々」ということでありますが、本書についての書誌を附け加えますと、扉の部分に、

唱蘭、斯弖歇謨索謨先生著、亜謨私弖児打謨鏤、国訳未定稿

と三行(図1)に墨書され、折本装(56折)全一冊(30.8×18.Ocm)、キララ本、毎半折葉、有界、(鳥絲欄8罫)、墨付16行書、毎行字数不定、漢字片仮名混りの精写である。
本書は本文の他に淡彩色の眼解剖図、眼球図略24図、および眼病図45図が描かれている。本文の項目、眼病図の病名を記載順に挙げると以下の通りである。

眼○(=火+欣)衝総論
1 単眼○(=火+欣)衝、 2.加太児刺列眼○(=火+欣)衝、 3.優麻窒設及痛風様眼○(=火+欣)衝、 4.療歴性眼○(=火+欣)衝、 5.梅毒眼○(=火+欣)衝、真梅毒眼○(=火+欣)衝、我乃示魯利設眼○(=火+欣)衝、 6.痘眼○(=火+欣)衝、 7.麻後眼○(=火+欣)衝、 8.悪液眼○(=火+欣)衝、 9.眼○(=目+匡)腺○(=火+欣)衝、10.奇醜眼、11.生児眼○(=火+欣)衝

1.膿眼、 2.角膜騎、 3.眼中努肉翅翡、 4.葡萄腫。

1.眼瞼翻花、 2.倒睫、 3.上瞼塔垂、 4.兎眼、5.両瞼生着、 6 眼胞癰腫、麦粒腫、包腫、
7.涙道病、涙阜腫脹、涙嚢○(=火+欣)衝膿潰、涙廔、涙點涙道諸病。

  1. 灰翳、 2.膜翳、 3.遺翳、 4.虹彩脱、 5.瞳孔緊束

 

視力病

  1. 瞳孔開大、 2.昼盲夜盲、 3.膽視虚弱、 4.短視、 5.遠視、 6.重形、 7.半形、 8.眼前視班點及火光、 9.黒障、10.緑翳、11.邪視

眼球諸病
1.眼水腫、 2.眼球脱、 3 載眼球、 4.義眼

眼球図略24
眼病図: ○(=火+欣)衝眼、奇醜眼、膿眼、角膜翳、○(奴の下に肉)肉翅翳、葡萄腫、翻花、倒睫、低垂眼、兎眼、両瞼生着、眼胞癰腫、麦粒腫、包腫、涙阜腫脹、涙廔○(=火+欣)衝膿潰、涙瘻、灰翳、白色翳、黄翳、緑色翳、黒翳、線條翳、虹彩脱、瞳孔緊束、瞳孔開大、瞳孔縮小、瞳孔異形、黒障、水腫眼、眼球脱、血眼、邪視、眼瞼青班、瞼縁赤爛、瞼癌、眼瞼桑椎腫、眼瞼痛、白膜赤班、白膜顆肉、白膜脈腫、角膜汚粘、眼球癌、角膜皺縮、角膜曇暗。

 この様に本書は眼腋衝総論に始まり眼球諸病に終っているが、邪視(斜視)や嵌眼(義眼)のことも記述している。斜視の手術についてはふれていないが、小児の斜視の治法について、「其邪視ヲ挽回スルノ視線ヲ保タシムルヨウニ為シ、其臥床ヲ鏡面又ハ明窓二向ハシムル寸ハ自ラ治ス」、また、義眼の製造には硝子、磁器、象牙などが用いられるが、象牙は最良であると述べている。

 さて、本書の内容を箕作雇の未定訳稿『外科必読』の眼門と照合すると、その第27編より第33編の内容と完全に符合する。この箕作蔑未定訳稿『外科必読』眼科部門は『質篤満眼門』(臨眼40:424~ 425、556~557、1986参照)の書名で写本もあり、 よく知られ、チツトマン原著をホウト蘭訳本から箕作震が翻訳したものと伝えられているものである。しかし、本書にはオランダ、ステヘンソン著、アムステルダム版の国訳未定稿となっており、筒井徳光先生の書面にも、石田憲吾先生の調査では英国のステヘンソン原著のオランダ訳を和訳したものであるということが述べられている。

 このように本書は箕作戸未定訳稿の『外科必読』眼門と同じ内容であるが両書の著者はそれぞれ異なる。したがつて本書が単に『外科必読』眼門の写しでないとすれば、本書はチットマン著『Lehrbuch der Chir、zu vorlesungen』がステヘンソン|こよって英訳され、その蘭訳がさらに和訳されたものと推測されるが明らかではない。ちなみに本書には名編の区切を示していないが箕作雇未定訳稿の『外科必読』眼門にはその区別が明確に示されている。また、本書には眼球解剖図(和蘭眼科新書所載図を参考か)や眼病図が数多く描かれているが、チットマン著ホウト蘭訳、箕作雇未定訳稿の『外科必読』眼門には図についての記載はなく、 これは両書の大きな異なる点である。また、本書は折本装で、装飾用として雲母を散布した厚紙を料紙に使用している点、 当時としては豪華本と思われるが、 これは献上本の様な、藩主などの命令により特製される本とみられ、本書の特徴となっている。

 本書はオランダ、ステヘンソン著、アムステルダム鏤となっていて、原書名、翻訳者は不明であるが、内容は箕作未定訳稿、『外科必読』眼門と同様であり、かつ彩色眼科解剖図や眼病図多数を所載した大型折本装の翻訳眼科書の珍本である。

 

主な参考文献    
  筒井徳光:  眼科瑣談古書供覧 (42回中国四国眼科集談会)、眼臨 44:143、1950
  呉 秀三:  箕作阮甫伝 大日本図書、東京、1914
  阿知波五郎: わが国外科に及ぼしたヨーロッパ医学の影響(3)日本医史学雑誌 1256、 1966:
     
     
     
     
     


 

 
    図1 『斯三歌謀索謀眼科書』 (仮称) および彩色眼球図略。



 
        

図2  図1同書所載の截眼球,義眼の章。

 


         

1986年11月 (中泉・中泉・齋藤)