研医会図書館は近現代の眼科医書と東洋医学の古医書を所蔵する図書館です。

この研医会通信では、当館所蔵の古医書をご紹介いたします。

今回は 『眼科提要』です。


 

 

眼科提要

もろもろの眼病を適切に治療するには先ず眼の構造がつまびらかでなければならず、そのために眼の解剖が必須であることを説いたのは柚木太淳(字 仲素、号鶴橋~1803)や衣関順庵(こもどめ じゅんあん 字 甫軒、号 東海~1807)等であったが、19世紀初めのわが国の眼科に最も大きな影響を与えたのはオランダの医説による眼の解剖であった。本書はこうした時代の著作の一つで、山田大円による和漢蘭の医説を折哀大成した眼科書である。

本書は上中下の3巻3冊(26.5×18.5cm)よりなり、本文は漢字と片仮名の和文で記述され、上巻の巻頭に文化14年(1817)、中川故の序文を掲げ、上・中巻に眼病治療、下巻には眼目体用考および薬方を記述したものである。その内容目次を抄記すると以下の通りである。

上巻
第1 睫毛病: 睫毛内刺、重睫。

第2 眼瞼病: 眼瞼閉着、瞼著眼球、眼瞼焮腫、眼瞼水腫、眼瞼固結腫、眼瞼諸腫、眼瞼癌、眼瞼瘻瘡、眼瞼餬瘤、眼瞼疣、眼瞼水疱、眼瞼澁刺、眼瞼乾燥、上瞼低垂、眼瞼外反、眼瞼内反、眼瞼睡硬、眼瞼赤爛、眼瞼瞬動、眼瞼牽急、眼瞼掻痒、免眼、眼瞼疫毒腫。

第3 涙管病: 眼目乾燥、涙出不止、眼眵、涙嚢瘻、涙嚢畜水腫、倫鍼眼、内皆瘜肉、涙阜毀損、大皆汚壊、眼皆爛蝕。

第4 白膜病: 白膜焮腫、疫毒腫、黴毒眼、疥癬眼、痘毒眼、胎毒眼、疼痛眼、白膜脉腫、 白膜血班、白膜膿疱、白膜水胞、白膜顆肉、白膜潰瘍、諸膜病、嚢翳(眼腸)、砂塵入目。

中巻
第5 角膜病: 角膜曇暗、ウハヒメ、角膜汚點、角膜翅騎、ササヲレ、角膜蒲桃腫、角膜膿瘍、角膜瘻、角膜創、角膜皺縮、角膜肉粒。

第6 眼球病: 眼球減耗、眼球突出、眼球癌、眼球瞯(門n中が壬)動。

第7 蒲萄膜病: 瞳不濶大(即瞳子散大)、瞳孔収小(即瞳子縮)、蒲萄膜突出、中障、蠏晴、瞳孔異常、瞳孔不動。

第8 水様液病: 水瞳眼、膿眼、血眼、乳眼、水様液渾濁、水液漏泄

第9 水晶液病: 内翳眼、水晶液突出。

第10 硝子液病: 緑眼、硝子液突出。

第11 網膜病: 羞明眼、乏弱眼、晩盲眼、近視眼、半刑眼、黒點眼、乖羅眼、不真眼、黒色眼、火屑眼、両形眼、斜視眼、斜形眼、大患後生翳。

第12 総括: 瘡瘍、創傷眼、室女逆経、上気マケ。

下巻
眼目體用考。

薬方

このように本書は上・中巻に眼病を12篇に分類し、100章を数える眼疾患を挙げ、各疾患毎に簡単な解説を施し、その治法を附記している。この眼病分類を杉田(豫)立卿訳述の『眼科新書』(文化12年刊)と対照すると『眼科新書』の12篇118章に対し、本書は12篇100章であり、その記載順序も両書ともほとんど同様で、本書は全く『眼科新書』による眼病分類を行っていることがわかる。山田大円は『眼科新書』を大いに参考にしたことが窺える。下巻は眼目体用考、薬方についての記述であるが、「眼目ノ疾病ヲ療セント欲セバ必先眼目ノ形体ヲ詳シ……体用ヲ明ニスレバ治療ノエ夫モツキ易ク治法ヲ施スニ熟路ヲ行クガ如クナリ……」と説き、『解体新書』(杉田玄白等訳述、安永3年刊)、『医範提綱』(宇田川榛斎著、文化2年刊)等によつて眼の附属器官等を詳説し、 また、「物ヲ視ルノ理、諸家イロイロニ説クトモ的切ナルハ絶テナシ、唯中氏ノ説ハ最モ通シ易シ……」と述べ、『視学一歩』(中環著)や和蘭窮理書を引用して、 また、 自家の経験も加えて眼の正映倒映論や眼の生理を論述している。薬方については「前ノ上中二巻二所載眼疾諸治法中二方名一百有餘ヲ交へ出ス、今蓋ク其方法ヲ輯テ此二挙グ」といって和漢蘭折衷による眼薬の製法および処方を示している。

本書の巻頭には文化14年2月、平安、中川故(其徳)の序文が掲げられ、謙斎法橋山田大円著となっており、大円が法橋に叙せられたのは文化12年(1815)10月27日であるところより本書の成立はそれ以後の著作と推察される。山田大円(諄、久重、字、士遠、号、謙斎、周済、通称大円、文政年間一時松原見朴と改名)は明和2年(1765)、越前福井に生れ、16歳餘で古医方の橘南鉛(宮川春暉、字 恵風、号 梅仙1753~1805)に医学を学び、後、長崎に赴き和蘭人に西洋医術、殊に眼科を学んで一家をなした。その後、佐渡、対馬等を除く諸国を遍歴し、文化の初め江州膳所侯の医となり、同12年法橋に叙されたが天保2年(1831)伊勢の山田にて歿した、と伝えられている。

本書は大円のこうした履歴からみても彼なりの和漢蘭折衷眼科をまとめたものとして評価され、わが国で解剖実験眼科のさきがけとなつた柚木太淳の『眼科精義』、衣関順庵の『眼目明弁』と漢蘭折衷眼科を一層進展させた本庄普一(字 子雅~1846)の正続『眼科錦嚢』との間にある、いわば近代眼科への過度期に著わされた和漢蘭折衷眼科書の一つであるといえる。

 


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  図1『眼科提要』 上中下



 
        

図2 図1 同書 巻頭の序文

 

 

 
    図3  図1同書 中川故 序文

      

 
   

 図4 図1同書 眼病ごとの説明と治療方法

 

 

主な参考文献  
  小川剣三郎: 稿本日本眼科小史 135、吐鳳堂、東京、1904  
小川剣三郎:  山田大円、実眼 2:59、1919
小川剣三郎:  山田大円 実眼 3:307、1920
小川剣三郎: 山田大円伝 実眼 9:272、1926
小川剣三郎:  山田大円先生伝、実眼13:873、1930
小川剣三郎: 山田大円伝 中外医事、No l167、1、1931
富士川 游: 日本医学史.450、 日新書院、東京、1943
福島 義一:  日本眼科全書.1 日本眼科史.117、金原出版、東京、1954

 

1987年3月 (中泉・中泉・齋藤)