眼科龍本論 十六巻 中国眼科の古典として代表的なものに保光道人秘伝の『眼科龍木論』という眼科専門書があるが、 これはインド眼科の『龍樹菩薩眼論』によるところが多いといわれ、五輪八廓説を掲げ、眼疾に内障24症、外障48症を挙げ、中国宋元代の以後の固有説を含んだ撰書といわれている。“龍樹"、“龍木"とした理由について、劉防の著『幼々新書』の所説によると、宋の英宗がその諱を嫌って樹の文字を廃して木の文字に改めたという、と述べられている(福島義一著『日本眼科全書』)。ここに掲出の『眼科龍本論』の“龍本"は果たして龍木が龍本になったものかどうか確かなところはわからない。本書の巻頭によると、その編集、刊行、校正者の名に、建寧路官医提領 陳志 刊行、南豊州医学教授 危亦林 編集、江西等處官医副提拳 余賜山 校正となっている。もとは刊本であったものと窺えるが、掲出本は写本として後世に伝えられたものと思われる。 本書はおよそ152葉の料紙(和紙)に精写し、全1冊、 4針の和綴(27.3×18.6cm)に仕立てたものである。その前半50葉は漢文、中77葉は和文の記述で、後半25葉には彩色の眼病図が多数描かれている。内容的には中国明代のいわゆる漢方眼科を記述したもので、その主な項目を抄記すると以下の通りである。 眼科龍本論 目次: 眼科総論、五輪病論 附五輪之図、八廓病論、附八廓之図、七十二證方、 眼科総論には「人有雙眸。如天之有両曜、乃一身之至室。衆五臓之精華。其五輪者應五行。八廓者象八卦。凡所患者。或因過食五辛。多咬災博熱物獅風之食。飲酒過度、房事無節。極目遠視。数看日月。頻撓心火。夜読細字。月下観書。…云々」とあり、 これは『龍樹菩薩眼論』や『秘伝眼科全書』(哀学淵輯著)の龍樹祖師論より引用しており、 また、五輪八廓病論、七十二證方も『秘伝眼科全書』に従って述べられている。龍眼薬性論、眼智薬仕様論には麝香、竜脳等48種の薬性を論じ、竜脳散の他各種の薬物調合、加減の処方、およびそれら拵え方を述べている。療治大略論には眼病治療を述べ、四方切、八方切、排切等を家里流極秘中の秘法として詳しく記述している。そして、眼科龍本論巻五眼図として彩色の眼病図およそ160種を描き、それぞれに簡単な病名、治療法および治療薬名を附記している。 また、本書の中には家里授博謹書として、 と識され、本書は家里流眼科の秘伝書として伝えられたものと思われる。また、家里流一派を名乗る人達の名が以下の様に挙げられている。 家里授伝 宝来寺籠居授夢想 この識語から考えると、『麻嶋灌頂小鏡之巻』(医王善逝尊夢相直傳之秘書、清源之家傳)が眞寺坊の参河宝来寺薬師如来へ17日間参籠して満暁に授けられたものと同様、元祖家里修理大夫光尊が天正8年(1580)に三州宝来寺(鳳来寺)医王如来から請け授った秘伝書であろうかと推察される。したがって家里流もその淵源を麻嶋流と同じくするものではなかろうか。家里流はその後、南都、堺、大和郡山、名張、大阪、京都、江戸方面にまでその分脈が広まって行ったものと考えられる (臨眼36:168169参照)。 このように本書は中国明代眼科を祖述した彩色図入眼科治療書であるとともに家里流眼科の秘伝の宝典ということができる。
主な参考文献
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図1 『眼科龍本論』 表紙 |
図2 図1 同書 巻頭 |
図3 図1同書 家里流施鍼図式 |
図4 図1同書 眼図 |
図5 図1同書 家里流施鍼治療図 |
図6 図1同書 眼図 |
図7 図1同書 眼図 |
主な参考文献 | |||
小川剣三郎: | 稿本日本眼科小史 135、吐鳳堂、東京、1904 | ||
小川剣三郎: | 山田大円、実眼 2:59、1919 | ||
小川剣三郎: | 山田大円 実眼 3:307、1920 | ||
小川剣三郎: | 山田大円伝 実眼 9:272、1926 | ||
小川剣三郎: | 山田大円先生伝、実眼13:873、1930 | ||
小川剣三郎: | 山田大円伝 中外医事、No l167、1、1931 | ||
富士川 游: | 日本医学史.450、 日新書院、東京、1943 | ||
福島 義一: | 日本眼科全書.1 日本眼科史.117、金原出版、東京、1954 |
1987年3月 (中泉・中泉・齋藤)