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今回は 『銀海精微』(内府秘伝眼科銀海精微)  です。

 『銀海精微』(内府秘伝眼科銀海精微)

わが国では室町時代後期に至ってはじめて中国医学書の出版が行われた。

 その第1書は『医書大全』(明・熊宗立編24巻 正統11年序)で、これは堺の医家、阿佐井野宗瑞(~1531)が大永8年(1528)に翻刻したもので、 日本の医書出版の最初のものといわれている。

 その第2の医書の刊行は天文5年(1536)の『勿聴子俗解八十一難経』(明・熊宗立編、本文6巻、図要1巻、成化8年序)である。

 眼科専門書の翻刻が行われるようになったのは江戸時代に入ってからのことで、小川剣三郎博士の眼科年表によると寛永18(1641)年に『銀海精微』の翻刻が識されている。

 次に『原機啓微集』(巻上・下・附録、蒔巳 著、郭顕恩 校)が承応3年(1654)に武村市兵衛によって刊行されている。

 元禄5年(1692)刊行の『本朝彫刻廣益書籍目録大全』(5巻)の医書の部には『銀海精微』、『眼科全書』、『眼目明鑑』が著録されているところより本書は少なくとも元禄5年以前に翻刻刊行されたことが推察できる。図書目録によると本書の流布本の主なものには以下のものがみられる。

  1. 銀海精微 2巻 唐、孫思邈伝、寛文8年(1668)、京師、村上勘兵衛

  2. 銀海精微 2巻 唐、孫思邈輯 寛政5年(1793)、大坂、泉八兵衛刊、渋川清右衛門翻刻

  3. 銀海精微 2巻 唐、孫思邈伝、文政7年(1824)、文政6年(1823)、江都、須原屋茂兵衛、大坂、秋田屋太右衛門 同補刊

  4. 銀海精微 2巻 寛永18年(1641) 反刻刊、(小川剣三郎著 『稿本日本眼科年表』所載)

  5. 銀海精微 2巻 宝素堂蔵書目録著録

  6. 銀海精微 2巻 唐、孫思邈 撰  明、万暦15年(1587)、陳氏刊本

  7. 銀海精微 2巻 唐、孫真人 孫思邈氏 原輯、清、周亮節生之校正 酔○(田+井)堂 文盛堂刊

  8. 銀海精微 2巻 唐、孫思邈 伝、清、周亮節生之校正.1956年北京人民衛生出版社、據酔○(田+井)堂刊

  9. 増批銀海精微 唐、孫思邈伝、民国19年(1930)、上海千頃堂書局石印本

 

 本書は上下2巻よりなり、すべて漢文体で書かれ、眼病図入である。今日伝えられている刊本の主なものは前述の通りであるが、寛文8年(1668)の日本翻刻版によりその主要項目と病名を挙げると以下の通りである。

 

銀海精微

巻之上

序文 五輪八廓総論

1)大皆赤脉付晴 2)小皆赤脉傳晴 3)努肉攀晴 4)難冠蜆肉 5)両瞼粘晴 6)眵涙粘濃

7)眵涙浄明 8)蠅翅黒花 9)目暗生花 10)熱極眵晴 11)胞肉膠凝 12)胞肉生瘡 13)瞼生風粟

14)天行赤眼 15)大患後生翳 16)暴露赤眼生翳17)暴風客熱 18)痛如神崇 19)痛如針刺

20)傷寒熱病後外障 21)風牽出瞼 22)風牽喎斜 23)被物撞破 24)撞刺生翳 25)血灌瞳人

26)血翳包晴 27)瞼生偸針 28)黒翳如珠 29)蟹晴疼痛 30)旋螺尖起 31)突起晴高

32)硬瞼硬晴 33)白陥魚鱗34)花翳白陥 35)水蝦翳深 36)玉翳浮瞞 37)膜入水輪

38)風輪釘翳 39)黄謀下垂 40)赤謀下垂41)逆順生翳 42)漏眼膿血 43)飛塵入眼

44)拳毛倒睫 45)充風涙出 46)肝風積熱 47)坐起生花48)黄昏不見 49)瞳人乾缺

50)痒極難忍 51)眼内風痒 52)垂簾翳 53)鶻眼凝晴 54)轆轤展開55)小児通晴 56)小児疹痘

57)小児眼生翳 58)痘疹入眼 59)小児雀目 60)胎風赤爛 61)小児疳傷 62)風弦赤眼

63)肝風目暗疼痛 64)迎風洒涙症

 

巻之下

65)紅霞映日 66)早晨疼痛 67)午後疼痛 68)痛極増寒 69)瞼停疹血 70)不赤而痛

71)赤而不痛72)左赤傳右73)右赤博左74)胞腫如桃75)視物不真 76)室女逆経 77)血室澁痛

78)白晴黄赤 79)患眼頭疼 80)遠視不能近視。

 

 これら病名の他に上巻には五輪図式、八廓図式が挙げられ、下巻には小児疳傷、五臓要論、審症応験口訣、審症秘論、用夾法、開金針法、観音呪、眼科用薬次第法、金針眼科経験方薬詩括、丹薬和論、治諸眼一切點貼膏薬、薬性論等について述べられている。

 

 各病名の下には簡単な眼病図が描かれ、問答形式により眼病論、治療方法、薬能および処方が附記されている。

 本書の著者については、その序に「銀海精微二巻未知何人氏所撰著…」とあり、明末清初版の1本によると「唐、孫思邈 原輯」とあり、 また、衰学淵 輯『秘伝眼科全書』(貞享5年(1688)刊)には「田仁斉が銀海精微、論」とあって明確ではない。この中国明末清初版『銀海精微』には「唐 真人孫思邈 進眼薬表」が所載されているが、その初めに「貞観10年(636)2月18日 相州安陽県尉 崔村云々」とあり、 この年号は孫思邈(581?~682 唐、雍州萃原の人、唐の太宗に召され爵位を授けられ、諫議大夫を拝命されたが固く辞した。名山にこもって著作に専念した。『千金方』『千金方翼方』『養真録』『脉衛』『明堂経図』『医家要妙』等著作多数がある)の活躍年代と合致しているので孫氏の原輯とも考えられる。

 本書はいわゆる中国古典眼科の神髄をなす五輪八廓説に基いた眼病治療方法を述べたものであるが、 この五輪八廓総論は熊宗立の『新編名方類證医書大全』の眼目門や衰学淵の『秘伝眼科全書』に全く同文で所載されている処からみると、本書の五輪八廓総論が基になったものと考えられる。

 このように本書は中国古典眼科専門書の初期の翻刻ということばかりでなく、眼科の医典としても重視され、わが国の17~18世紀の眼科に広く採入れられた基本的眼科書ということができる。

 

 

主な参考文献

唐・孫真人思邈輯、清・周亮節生之較正: 銀海精微 巻上下、文盛堂梓行(酔○(田+井)堂)清刊

著者不詳: 内府秘伝眼科銀海精微巻上下、寛文8年(1668)、村上勘兵衛刊行

小川剣三郎: 稿本日本眼科小史 20、東京、吐鳳堂、1904

廖温仁: 支那中世医学史 109、京都、 カニヤ書店、1932

福島義一: 日本眼科全書 1、 日本眼科史、26、東京、金原出版、1954

中泉行正: 明治前日本医学史 4、日本眼科史、247、日本学術振興会、東京、1964

中泉行正: 古医書をたずねて 銀海、86、大阪、千寿製薬、1978

本朝彫刻廣益書籍目録大全: 洛陽、永田調兵衛他、元禄5年(1692)刊

丹波元胤: 中国医籍考 1178、人民衛生出版社、1956

謝観: 中国医学大辞典 3873、上海、商務印書館、1955

武田科学振興財団: 杏雨書屋蔵書目録 京都、臨川書店、1982

服部敏良: 室町安土桃山時代医学史の研究339、吉川弘文館。1971


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  図1  『銀海精微』扉および序  

 

 

   
  図2  図1同書 五輪八廓図式。  

 

 

   
  図3 『銀海精微』 明末清初版 扉および序。  

 

   
  図4 図3同書所載 「小児痘疹入眼」  

 


1988年2月 (中泉・中泉・齋藤)