研医会図書館は近現代の眼科医書と東洋医学の古医書を所蔵する図書館です。

この研医会通信では、当館所蔵の古医書をご紹介いたします。

今回は 『秘傳眼科全書』です。

秘傳眼科全書

 わが国の眼科が中国(明代)眼科の強い影響を受けて発展してきたということはよく知られていることであるが、 ことに中世から近世の江戸時代全期にかけては、中国からの原書の輸入と相侯って翻刻が盛んとなり、わが国で印刷した、いわゆる和刻本漢籍書が次々に出版された。『秘伝眼科全書』はこうした和刻本の一つであつて、中国(明・清代)眼科専門書の和刻本、『銀海精微』『原機啓微』『審視瑶函』等と並んで最も広く行われた眼科書である。わが国で行われた版には貞享5(1688)年版、寛政3(1791)年版等があるが、
これらは同一版木による重版とみられる。巻数は両版とも6巻で、貞享版が6冊綴りに対し、寛政版は3冊よりなる。貞享5年版に既に重刊の叙を掲げている処から、わが国にはそれ以前に初版が行われたものと思われる。(河本重次郎博士)

 本書の貞享版には哀学淵(武夷の人、晴峰と号す)輯著、楊春栄繍梓となっていて、その跛によると青木芳庵(竹雨斉青木東庵の同族、眼療に精しく法橋に叙せられ、御医となる、東庵竹雨斉は慶安3年京都に生れ、名を澄、字元澄、東庵、松岳と号す)によって和
点が施されたことが窺える。

 本書は全6巻よりなり、四周単辺、無界、毎半葉10行、毎行20字詰の刊本(22.5×15.8cm)であるが、その叙に「哀学淵所輯採揮群書衆議自病論治方以至固説薬剤無不兼備其所以名全書焉」、また、本書の広告欄に「この本は眼目の病論、治法、得効の薬名等悉く備れる眼療の秘本なり」とあるように、当時日本で翻刻された中国眼科専門書としては最も流行ったものであったように思われる。本書の内容を総目録によって抄記すれば以下の通りである。

秘伝『眼科全書』総目録
巻之一
竜樹祖師論 銀海精微論 病機叙論 目主肝心二臓最要論 目栄牌臓論 目病無非属火論 目痛有二曰陰曰陽論 運気有三能致目赤論 外障内障須要分弁論 風熱不制之病論 七情五賊労役飽論 血為邪勝凝而不行論 気為怒傷散而不聚論 血気不分清混之病論 熱積必潰之病論 陽衰不能抗陰之病論 陰弱不能配陽之病論 心火乗金水衰反制論 傷寒愈後之病論 斑疹余毒之病論 ○疳為害之病論 脈候論 行血一法治目之綱論 散熱一方治目之要論 治目須識表裏論 用薬内外不同論 用薬式 諸証用薬宜例 血気壅痛治法 久病目昏治方 痩人肥人治法 労役過飲治法 瞳仁散火治法 拳毛倒睫治法 目眶赤爛治法 不能近視治法 不能遠視治法 眼目乱視治法 眼目邪視治法 晴目直視治法 目閉不開治法 弁赤脈始起分経治法 孫真人
医眼法 張仲安治眼法

巻之二
五輪図 八廓図 五輪八廓総論 眼科総論 五輪歌訣凡六条 五輪生剋受病凡五論 五輪外証歌訣 八廓象八卦論 八卦合経歌訣凡八条 霊蘭秘典 五臓六腑十二経絡 五臓所喜歌 五臓所属 五運主病 五臓所傷根源歌 五臓本色病状歌 治五臓受病因凡五論 五臓熱候歌 五臓虚候歌 治五臓冷熱虚実経訣 五臓補瀉歌 瀉五臓六腑之火 温五臓六腑之寒 補五臓之虚瀉五臓之実 引経薬歌 眼科最要肝経薬性 肝経要薬 牌胃経要薬 肺経要薬 腎経要薬 散血要薬 涼血要薬 散風要薬 退腫要薬 止涙要薬 去翳要薬 治盲要薬 去膜要薬 退熱要薬 止痛要薬 諸品細料目薬性 眼科薬性相反

巻之三
内障歌訣上篇 歌訣中篇 歌訣下篇 眼疾証候緫歌 七十二証内外障緫歌 内障図二十四条 啓病之源論 治病之訣法 対証湯散丸丹

巻之四
外障図二十四条 啓病之源論 治病之法訣 対症湯散丸丹

巻之五
外障図二十六条 啓病之源論 治病之訣法 対症湯散丸丹

巻之六
諸症混散丸五十二条 点眼丹膏類二十三方 敷貼腫眼方 摩頂止痛膏 搐鼻退翳方 搐鼻通開散 吹鼻止痛方 縛手退翳方 洗眼丹膏類凡十七方 製薬品法

 このように本書は、古くインド医学の影響する漢方眼科の五輪八廓説によって、眼球内部に病因のある疾患24症と、外眼部に病因のある疾患48症を詩歌詠式により説いているのが特徴となっている。また、本書は翻刻以来およそ1世紀以上にわたり、 日本の眼科諸
流派の最良の教科書となったともいえる。それは彼の土生玄碩(1762~1848)が本書を学び評していることからも容易に窺い知ることができる。玄碩は本書の不必要な部分は朱で以て棒なり、十文字なりを引いて消し、重要な処には朱で点を打って、症候、診断に関するところでは普通以上観察の届いている処は○印をつけ、不治のものは本文を全部朱で消して不治の症と書き入れるなどして本書を充分に分析し、理解吸収に努めている。

 現在、本書の刊本の主なものとして以下のものがある。

秘伝眼科全書 66
明 哀学淵輯著 泰齋楊春榮繍梓 江戸 青木芳庵
跛 貞享5(1688)年、京師 茨木多左衛門 繍梓 柳枝軒蔵版

秘伝眼科全書 63
明 哀学淵輯著 泰齋楊春榮繍梓 江戸 青木芳庵 跛 寛政3(1791)年 大坂 崇高堂 河内屋八兵衛 刊

 貞享5年版の中にも茨木多左衛門、中西卯兵衛繍梓のものもあり、寛政3年版は江戸の須原屋茂兵衛、同伊八、山城屋佐兵衛、岡田屋嘉七、京師の勝村治右衛門、大坂の秋田屋太右衛門等三都の書難より発行されている処より相当の部数が出版され、本書は長い間、
広く読まれたものと推測される。

主な参考文献
哀学淵: 秘伝眼科全書.貞享5(1688)年、柳枝軒蔵版
哀学淵: 秘伝眼科全書.寛政3(1791)年、崇高堂蔵版
河本重次郎: 日本眼科の由来及日本における蘭学の本源につき 日眼4:184、1900
小川剣三郎: 稿本日本眼科小史.吐鳳堂、東京、1904
小川剣三郎: 土生玄碩先生記事.48、土生玄碩先生百五十年記念会、東京、1916
伊東弥恵治: 『銀海精微』及び『眼科全書』所載病症の眼科学的考察.日本医史学雑誌、1319号、320、東京、 1943
本多傳: 漢方眼科の歴史.眼臨41.
本多傳: 漢方眼科と五輪八廓説(1)眼臨41、No 10、211 (2)眼臨41、N01o、236
(3)眼臨42、No.1、15  (4)眼臨42、No.1、40
福島義一: 日本眼科全書1.日本眼科史、金原出版、1954


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  図1  『秘傳眼科全書』 扉および叙(貞享版)  

 

 

   
  図2 同書 巻之一、巻頭  

 

   
  図3 同書 刊記  

 

   
  図4 『秘傳眼科全書』 扉および叙(寛政版)  


1988年5月 (中泉・中泉・齋藤)