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この研医会通信では、当館所蔵の古医書をご紹介いたします。

今回は 『新編鴻飛集論眼科(太醫院傳七十二症明目仙方)』です。

新編鴻飛集論眼科(太醫院傳七十二症明目仙方)

 『新編鴻飛集論眼科』の巻頭に「昔有日華子。北齊雁門人也。幼年好遊獵。忽一日同行数人。各執弓矢。出於雁門。嶺南見征鴻数隻飛過。墜於道傍。日華子又張弓而射之。群雁皆棄所舎廬去書二巻。日華子収之。乃覧其文。是昔時皇帝岐伯問答論眼證書、故曰鴻飛集論云々」と記され、本書は『日華子鴻飛集論』をもとに、中国(明代)嘉靖35(1556)年に胡廷南淵(浙江の人)によって編集され、その序を掲げて書林劉氏日新堂より刊行されたものと思われる。

 この刊本は中国(明代)の眼科専門書としてわが国へも輸入されたことと思われるが『眼科全書』(哀学淵著、貞享5年、寛政3年翻刻)『銀海精微』(孫子遡原集、寛文8年、寛政5年翻刻)『原機啓微』附録(倪維徳著、承応3年翻刻)などのように日本において翻刻されたか否か明らかではない。現在伝えられているものは写本が多く、掲出本も江戸時代末の写本である。

 この写本は嘉靖35年刊本の写しと思われるが、上下2冊よりなり、全69葉(23×15 cm)の和綴本である。中国眼科古書としては珍らしく口絵に墨筆の樹下眼治療らしき絵図が載っている。(図1、参照)

 本書の内容は主な項目に五輪八廓論、七十二症内障眼詩訣、内障受病訣歌、中篇詩歌、下篇詩歌、絵入眼病六十二症論等が挙げられ、六十二症の病名に以下のものを挙げている。

○氷霞翳障、○△玉翳浮満障、〇△拳毛倒睫障、○△瞼生風粟障、○ 血翳包晴障、〇△逆1買玉翳障、打翳外障、○△赤膜下垂障、○ 偏精膿血障、○△血灌瞳人障、○△胞肉膠凝障、○△難冠蜆肉障、○△黒翳如珠障、○△膜入水輪外障、○△花翳白陥障、眼泪争明内障、△ 肝虚雀内障、羞明怕日、△ 黒風内障、員翳内障、澁翳内障、○△小児疳傷障、○△瞳人肝鈌、〇小児痘疹入眼、滑翳内障、○△痛如針刺障、○ 眼内風痒、△氷翳内障、白膜侵精障、爛眩風外障、○△轆轤展開障、○△小觜赤詠障、大觜赤脉障、△ 黄膜上沖障、○ 迎風漉洞障、△ 昧目飛塵障、打傷損傷、○△鶻眼凝晴障、 ○風吹出瞼障、蝿頭蟹眼障、離晴蟹眼障、○△天行赤眼障、天行赤眼生翳障、○△暴風客熱障、打撞傷損障、女人血気逆流外障、○ 午後疼痛昏花障、○ 早晨疼痛昏蒙外障、○△起坐生花内障、○ 痛極増寒外障、○ 痛而体熱外傷、△ 高風雀目内障、○ 停肉疹血外障、注桃血腫澁外障、熱病後患虚内障、△ 浮翳内障、△ 棗花内障、△雷頭風内障、△ 鳥風内障、△ 散翳内障、小員翳内障、△緑風内障
         (注)  ○ 印『銀海精微』 △印『眼科竜木論』所載病名

 このように本書に掲げられた62症の内、『眼科竜木論』に所載されている病名32、『銀海精微』に所載されている病名32が挙げられている。また、詩歌によって眼病論を述べているところは『眼科竜木論』に、眼病絵図と問答式により眼病を説明し、対症服薬の処方を附記しているところは『銀海精微』とよく似ている。こうしたことから本書は『眼科竜木論』や『銀海精微』を参考に編集されたものと思われる。

 本書の流布本は主に明の嘉靖35年版とその写本であるが、わが国においても広く行われたものと考えられる。筆者の所蔵本の中にも、文政3年(1820)霜月十日、江戸北八丁堀坂本町1丁目、大森寿安(白石の人、原称菅原文平、 または文白、眼科を業とする)の門人、高橋仙胤の識語のある写本があり、本書が幕末に至っても写本によって広く用いられていたことが窺える。本書は五輪八廓論、七十二症太医院傳をわが国にもたらした中国(明代)の眼科専門書の一つである。

 

主な参考文献

胡南淵:  新編鴻飛集論眼科 劉氏日新堂刊、文政3(1820)年高橋仙胤写
小川剣三郎:  稿本日本眼科小史.吐鳳堂、東京、1904
廖 温仁:   支那中世医学史 カニヤ書店.京都、1932
丹波元胤:  中国医籍考.新華書店.北京、1956
福島義一:  日本眼科全書.1.日本眼科史、金原出版.東京、1954
岡西馬人:  宋以前医籍攷. 三.1160、古亭書屋、台北、1969


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  図1 『新編鴻飛集論眼科』 扉口絵。口絵は目の治療を示すものか。  

 

 

   
  図2 図1同書巻頭。  

 

   
  図3 図1同書。 問答式眼病治論。  

 


1988年6月 (中泉・中泉・齋藤)