青嚢完璧

　金元医学を引き継いだ明医学はそのまま清国の医学へ継承され、清医学は質的に大きい変化はなかった。ただ、 この期は張璐の『張氏医通』や呉謙の『医宗金鑑』等多くの医説や処方を集大成した叢書、全集ものが次々と刊行された。いつしか自らの経験に基づくも
のでなく、いたずらに古書を抜萃し、諸説を集めて書籍として刊行する傾向にあった。本書はこうした時期に著された眼科専門書である。掲出本は江戸時代の写本であるが、巻頭に
清・王協約菴 鑑定
蘆紘澹巌 訂正
日本・加藤慶明子亮 較註
とあり、王協約奄序文 康熙12（1673）年、加藤慶明序文 寛政7（1795）年となっている。本書は全7巻（付録部分を巻8とするものあり）4冊（冊数不定）よりなり、訓点を施した漢文の精写である。

　本書の内容は巻1に五輪八廓所属論の他、病論を掲げ、巻2より巻7に160症の眼病治論を述べたものであるが、その概略を目録によって示すと以下の通りである。

 

巻1
五輪所属之章 五輪歌○（婚の女偏が てへん）
八廓所属之章 八廓歌○（婚の女偏が てへん）
論忽五輪 論誤八廓
目寶論
眼不醫不瞎辮
點服薬不同問答
片脳寒熱治病何如問答
鉤割鍼烙戒慎説
避邪歸正説
用薬寒熱論
用薬生熱論
識病辮症○（林の下に月、旁は支）金碎玉篇
内外二障

巻2
天行赤熱 暴風客熱 火眼大頭 怕熱羞明 椒瘡粟瘡 氣雍如痰 胞肉膠粘 真精膏損 疹血灌晴　瞼堧睛疼 腫脹如杯 黄膜上衝 赤膜下垂 神水将枯 熱結膀胱 凝脂翳 花翳白陥 蟹睛 班胎翳

巻3
形如蝦肋 状如魚胞 黄油 白澁 濁害清和 赤痛如邪 赤○（血＋瓜）貫晴 赤絲乱○（血＋瓜）　色似胭脂 状如懸膽　玉粒分経 銀晴獨見 衆開障 衆星障季簾障 湧波翳 逆順障 陰陽翳 瑪瑙内障 連珠外翳 剣脊翳 氷瑕翳 円翳内障 水晶障

巻4
魚鱗障 馬蝗積 努肉 肺疹 鶏冠蜆肉 魚子石榴輪上一顆如赤豆 晴中一鮎似銀星 五花障　○（さんずいに、屁）障　拳毛倒睫 牌生痰核 牌急緊小 牌肉粘輪 牌翻粘瞼 牌輪振跳 血疹牌泛 牌虚如毬 眥帷赤爛 實熱生瘡 風弦赤爛 迎風赤爛 迎東 迎西 迎風冷泪 無時冷泪 無時熱泪 飛絲入目 物偶入睛 眯目飛物 振胞瘀痛 物損真睛 目被振撞 黒翳如珠

巻5
木疳　火疳　土疳 金疳　大眥漏 小眥漏 陰漏　陽漏 正漏 偏漏 外漏 竅漏 鶻眼凝晴 因風成毒 旋爐泛起 旋燎突起 神珠目脹 膏減珠陥 轆轤轄関 雙目晴道
附録
小児清眼及暴赤翳痛目閉不開朋目直視仰視 目晴躙動 目劉小児一切眼疾 諸症験方 神珠将反 瞳神反背 青黄牒出 珠突出眶　澹視昏秒　乾渋昏　起坐生花 偃月侵晴 棗花障 時復 白珠倶青 痛如針刺

巻6
痒如轟行 暴盲似崇 觸犯真氣 螢星満目 雲霧移晴　神光自現　黒夜晴明 怯近　怯遠 視正反邪　視正反動 視物顛倒 視一為二 視膽有色 視赤如白 光華暈大 珠中気動 鶏盲 青盲 大小雷頭風　左右偏頭風 陰邪凮 陽邪凮 嶺頂凮 遊凮 邪風

巻7
青風内障　緑風　黄風　銀風　絲風　鳥風　偃月　仰月 如銀 如金
附記
金鍼法 撥鍼手法 金針開障好忌進退法 針後消進退法　緑映瞳神 血灌瞳神 瞳神歌側 瞳神散大 瞳神細小 兼胎 為産 因凮 因毒 因他

 

巻8 附録
先賢治目翳案服點摩敷洗吹諸靈丹方及秘傳製薬性法風熱不制之病 七情五賊労役餞飽之病 血為邪盛凝而不行之病 氣為怒傷 散而不聚之病 熱積必潰之病 陰弱不能配陽之病 内急外弛之病 心火乗金水衰反制之病 諸霊薬方秘傳製薬法 霊丹修煉秘訣

　傳国棟は『審視瑶函』において眼病を病の原因によってまず18に分け、これをさらに症候によって108の眼病に分類しているが、本書の王協約奄の序に「此書較照傳氏審視瑶函」と書かれているところより眼病名は『審視瑶函』から抜萃したものと想像される。本書に掲げられた160症のうちに『審視瑶函』の108症は全部含まれていて、残りの52症が『青嚢完壁』に増加されている眼病名である。しかし、傳国棟の108症分類は、わが国ではあまり用いられず、明の哀学淵による『眼科全書』の内障24、外障48、計72症分類がより広く用いられたと云われ、紙上の議論に終ったのではなかろうか。

　このように本書は明の医学書から抜率編集してできた清国の眼科専門書のひとつであり、当時のわが国に渡来した清国眼科を知る資料のひとつでもある。

 

主な参考文献
王協約奄 青嚢完璧 江戸 写、 7巻、 2冊
王協約奄 青嚢完壁 江戸 写、 8巻、 4冊
小川剣三郎 稿本日本眼科小史 吐鳳堂、1904
巴陵宣祐　西洋医学史　山雅房、東京、1941
大塚敬節　東洋医学史　山雅房、東京、1941
福島義一 日本眼科全書 1 日本眼科史 金原出版、東京、1954
丹波元胤 中国医籍考1186 北京新華書店、1956
真柳 誠 清国における日本漢方医学書籍の伝入とその変遷について 矢数道明先生喜寿記念文集別冊、温知会、1984

 

　　　　図1 『青嚢完璧』　巻之一巻頭

 

図２　図１同書　加藤慶明序

 

　　　　　　図３　図１同書王約巻序

1988年７月　(中泉・中泉・齋藤）