研医会図書館は近現代の眼科医書と東洋医学の古医書を所蔵する図書館です。

この研医会通信では、当館所蔵の古医書をご紹介いたします。

今回は 『眼科約説』です。

大学東校(東京大学医学部の前身)に初めて外国お傭教師としてミュルレル(Leopold Mu1ler)が招聘され、外科の傍ら眼科を担当したのが明治4年(1871)であるが、明治8年(1875)に至り、 シュルツェ(Emil August Wilhelm Schultze) が交代して外科に兼ねて眼科を教授した。これらの講義記録は当時学生であった山崎元脩等によって翻訳され、まとめられた。『医科全書』(49巻)は明治8年から同11年に至るまで刊行された外人教師の講義筆記である。

当時の眼科書といえば講義筆記と翻訳書が多かったが、明治初年から同20年頃までにわが国で発行された眼科書は20数種を挙げることができるが、そのほとんどが翻訳書か日講紀聞式の講義筆記であったといわれる。(鮫島近二博士)

『眼科約説』はこうした時代に小山内(輝)元洋(津 軽藩)〔名は建、陸軍一等軍医、はじめ弘前の町医であったが、幕末に至り小普請医者として津軽家に抱えられた、弘前藩の蘭医佐々木元俊の間に入り、のち、杉田成郷に学んだ。西南の役には一等軍医として広島鎮台病院長となる。明治18年没。劇作家小山内薫は元洋の長子。(『津軽の医史』より)〕によって翻訳され、明治5年(1872)全夫樓蔵版にて刊行された。

本書は天地人(内編、外編および附録)の3冊から 療法なり、その初編は1860年(萬延元年)耳爾蔓の医師、施爾株斯著の眼科全書中、内科に属する眼炎諸症を鈔訳し、その後編は、1866年(慶応2年)百牟西盧爾亜府の医師、涅維児および斯密秩同撰の七科約論中の外科に関する眼病諸説を抜萃したものである。

この両原著は弁症、論理とも大変明晰で、古来の弊風を一掃するに十分な秀れた医書であるが、薬剤を挙げているが方を載せず、 また、病名のみ掲げているが図を略すものもあり、初学のものには不適であったので、他書から図を採って挿補し、初学のものにも解り易いようにした、とあり、最初に内科に関する眼病を論じ、次に外科に係わる諸症を載せて内編、外編としている。本書の内容をその標目に従って示すと以下の通りである。

内編
剛膜炎及類症
大較論
急性眼炎 摂生法 慢性眼炎
各般論
僂麻質斯性眼炎 聖京倔性眼炎 依倔篤性眼炎 皮膚病毒性眼炎 
羅斯様類症
矢荀児陪苦性眼炎 徽毒性眼炎 瘰癧性眼炎 痔毒性眼炎 遺伝性眼炎 経閉性眼炎 初生児眼炎 痘毒性眼炎 麻疹性眼炎
外編
眼瞼病
眼瞼小瘍 眼瞼軟骨炎 眼瞼内翻 眼瞼外翻 眼瞼脱垂
涙器病
乾性眼炎 涙液過溢 涙管病 涙管漏
結膜病
急性結膜炎 膿性結膜炎 腺腫毒性結膜炎 顆粒性結膜炎 角膜壊瘍 虹彩炎
内翳眼
剛翳 軟翳 放線状翳 嚢翳 先天翳 嚢水晶翳
茄篤布土律倔(カトプトリウク)試法
療法
剔出法 擠下法 溶解法 布禮洞唫之法 直割剔出法 失鳩布篤之法 小児二施ス手術法三法
黒内翳
斜視眼
附録
内服剤(煎剤 浸剤 水剤 飲剤 散剤 丸剤)
外用剤(點眼水 軟膏)
器械 (略図)
眼証類図(施術式)

このように本書は内編、外編において眼病の観兆、原因、療法について記述し、附録にはその使用薬剤、器具の種類、施術式につき述べている。ここに掲出の刊本は明治5年、英蘭堂 島村利助発行のもので、四周単辺、無界、毎半葉9行、毎行20字詰、片仮名交り文、附録には本編所論の眼症図式並びに所用の内外薬剤を載せている。

本書は、明治4年大学東校において初めて外国人教師により外科の傍ら眼科の講義が始められた頃著わされた眼科書で、1860~1866年代のヨーロッパ眼科を紹介した明治時代初期の翻訳眼科書の一つである。

主な参考文献
中泉行徳:   東京帝国大学医科大学眼科教室 病室略史 日眼、17:159、(大正2) 1913.
東京帝国大学: 東京帝国大学五十年史上巻 354、(大正11)、1932
鮫島近二:   明治初期の眼科学 日本医史学雑誌5(1):36、 日本医史学会、東京、1954
小川鼎三:   東京大学医学部百年史96、421. 東京大学医学部百年史編集委員会 東京大学出版会、東京、1967
鮫島近二:   明治維新と英医ウイリス 日本医事新報社、東京、1973
小関恒雄:   明治初期東京大学医学部卒業生の動静―覧(→日本医史学雑誌33(3):316、東京、1987
小関恒雄・北村智明・Hフィアンデン:  外国人のみた明治10年頃の日本の医学校 (上)―東京大学医学部の場合― 日本医事新報No 3287、59、東京、1987
松木明・松木明知:  津軽の歴史203、津軽書房1973
西村文雄:  明治十年西南戦役衛生小史 168、陸軍軍医団、1912

 


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  図1 『眼科約説』 明治5年版  

 

 

   
  図2 図1同書 扉  

 

   
  図3 図1同書所載の器械図  

 

   
  図4 図1同書所載の施術図  


1988年8月 (中泉・中泉・齋藤)