研医会図書館は近現代の眼科医書と東洋医学の古医書を所蔵する図書館です。

この研医会通信では、当館所蔵の古医書をご紹介いたします。

今回は 『眼科要論』です。
 

眼科要論

 大阪の大福寺(天王寺区上本町)に浪速仮病院が創立され、患者を治療し、正式な医学伝習が始められたのは明治2年(1869)4月のことといわれる。この医学伝習所の教師の筆頭はオランダ陸軍一等軍医のボードイン (Anthonius Franciscus Bauduin、1822-1885)であったが、エルメレンス(ChriStian Jacob Ermerins、1841-1879)に交代し、次いでマンスヘルト(C.G.van Mansvelt、1832~1912 ?)に代ったのは明治10年(1877)8月のことであつたと伝えられる。

 マンスヘルトは1832年2月28日、アントワープで生れ、医学を学びオランダ国の海軍軍医となる。その後、慶応2年(1866)より長崎精得館、熊本医学校(熊本藩治療所兼医学校)に、京都の療病院、そして明治10年8月より大阪病院に蘭医として教師に雇われた。

 大阪病院は明治12年(1879)4月に大阪公立病院と改められ、翌13年(1880)3月には大阪公立病院は府立大阪病院と呼ばれ、教授局を廃して別に府立大阪医学校が病院と並立して設けられた。本書は明治12年8月出版となっている処より、大阪病院が大阪公立病院と改名されてから約4ヵ月後に出版されたことになる。

 大阪府医学校におけるマンスヘルトの講義は通辮や助教によって口訳され、(エルメンンスの通訳には三瀬諸淵が活躍したが、マンスヘルトには佐藤方朔が訳官となる)教導が筆記し、講義が終了してから教師の手録と校合し、疑義をただし、 これを出版して生徒の復習用に供して謄写の手間を省いたといわれる。

 『眼科要論』は大阪病院教師マンスヘルト(満私歌児篤、満斯辺爾篤、満斯歌爾篤などの当字がある)の講授に係る眼科の病論、治術の部を佐藤方朔が口訳し、物部誠一郎が筆録し、出版人高橋正純により明治12年8月、大阪公立病院蔵版で出版された眼科書である。掲出本は巻1(40丁)、巻2(48丁)の2冊(22×15Cm)よりなり、四周双辺、有界、毎半葉11行、毎行24字詰、片仮名交り和文、和綴(4針)、版心に書名、魚尾、巻数、丁数、大阪病院(発行所)を識した木版であるが、内容を目録により抄記すると以下の通りで、各症をその眼病論、原因、治法の順に記述している。

 

眼科要論
巻1
眼病診法
第1  結膜疾患: 結膜充血 加答流性結膜炎 化膿性結膜炎 実布的里性結膜炎 顆粒性結膜炎 胞疾結膜炎 皮疹性結膜炎 結膜翅翳 結膜異物 結膜癒着 結膜肥大 結膜弛緩 結膜萎縮 結膜胞蟲腫結膜腫癭 結膜下液質滲漏 結膜結石 涙阜諸症

巻2
第2 鞏膜諸患: 鞏膜充血 鞏膜炎 前鞏膜脈絡膜炎 後鞏膜脈絡膜炎 鞏膜創傷
第3 角膜諸患: 角膜炎 血管性表部角膜炎 局発表部角膜炎 胞状角膜炎 斑點状角膜炎(デセメット氏膜病)蔓延性角膜炎(角膜組織炎) 角膜腫瘍 角膜潰瘍 角膜斑點 角膜変凸 角膜創傷及び異物 角膜腫癭 角膜先天症 高老弓(ヘロントキソン)

 

 「教師ノ眼科ヲ講授スルヤ其初視器ノ解剖組織及ビ生理ヲ縷述セリト雖モ今先ヅ病論治術ノ部ヲ上梓シテ之ヲ世二公ニス 蓋シ其最モ今日二切要ナルヲ思テナリ」とその緒言にいわれているように今最も必要な眼病診法のみを採りあげたものと思われる。例えば顆粒性結膜炎には急性顆粒と慢性顆粒(タラコマ)とあって、慢性顆粒は単純タラコマ、複雑タラコマ、蔓延性タラコマに分類し、その原因、治法、予後について詳述している。

 マンスヘルトの講義を筆記したものとして『病理略論』がある。これは長崎精得館教師蘭医マンスヘルトの講義を筆記して翻訳したもの(山田某所持)を明治4年(1871)春2月、某教官の題言を添えて東京医学校官版として英蘭堂島村利助より発兌された(上下2巻)。また、マンスヘルトの大阪病院教師時代の論義の筆録『病理各論』が明治11年(1878)9月に刊行されているといわれる。

 このように本書は大阪病院教師マンスヘルトの口授を筆記し翻訳して出版したもので、結膜、鞏膜、角膜等眼病診法について記述した眼科書であり、 またマンスヘルトの眼科を知る一本であると同時に明治初年の大阪医学校における外人教師の眼科講義を窺い知ることのできる貴重なものと思われる。


  主な参考文献  
  京都府立医学専門学校 京都府立医学専門学校沿革略史 京都、1908
  山崎正薫 肥後医育史、300、鎮西医海時報社、熊本、1929
  古賀十二郎 西洋医術伝来史、336、日新書院、東京、1943
  京都府立医科大学 京都府立医科大学八十年史 151、京都、1955
  宇山安夫  阪大眼科教室を語る 22、大阪、1955
  長崎大学医学部 長崎医学百年史 142、長崎、1961
  日本科学史学会 日本科学技術史大系24、医学1、146、第一法規、東京、1965
  藤井尚久

本邦(明治前)著名医略伝 〈明治前日本医学史57

日本学士院編、東京、1957

  中野 操 大阪の蘭学〈大阪文化双書 9、『大阪の学問と教育』別冊〉大阪、1973
  京都府医師会 京都の医学史 853、思文閣、京都、1980

 

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図1 『眼科要論』 の外装

 

       
  図2  図1同書 扉及び緒言

 

 
  図3 図1同書 巻1巻頭

 

 
  図4 『病理略論』 の扉 明治4年(1871)序刊 英蘭堂

 

 

1988年11月 (中泉、中泉、斎藤)