医科全書 眼科篇
『医科全書』眼科篇は東京医学校(東京大学医学部の前身)におけるドクトル・シュルツェ(Wilhelm Schultze)教授の講義を三瀦謙三氏、宇野朗氏等の筆訳に係り、東京大学医学部編輯、出版人安藤正胤、書肆島村利助発兌で、巻1より巻12及び附録が明治12年(1879)10月より同15年(1882)の間に出版された眼科書である。
『医科全書』とは、その題言に「明治四年膠爾児、忽布満ノニ氏ヲ本校二聘シ大二医学ノ規則ヲ正シ、更二教師数名ヲ延キ、各其課ヲ分チ、解剖、生理ヨリ内科諸科二至ルマデ、逐次講習スルコト茲ニ五年、其課程ノ厳正ナル論説ノ明確ナル、独之ヲ校内ノ生徒二私スルヲ惜ミ、今其請筵二筆記スル所ヲ輯メテ校訂シテ之ヲ鉛版二上セ、以テ世ノ学者二頒タント欲ス、命ケテ『医科全書』卜云フ…』とあり、眼科篇はその一科で、解剖篇に次いで出版された。本篇は12巻及び附録1巻(12×14 cm)よりなり、およそ月刊にて分冊発行
された。各巻の刊記とその内容を各章の見出しにより抄記すると以下の通りである。
『医科全書』 | ||
眼科篇 | ||
巻1 明治12年10月刊 | ||
1章 眼瞼諸病論 |
||
2章 涙液諸病論 | ||
巻2 明治12年11月刊 | ||
3章 結膜諸病論 | ||
巻3 明治13年3月月刊 | ||
4章 角膜病論 | ||
巻4 明治13年4月刊 | ||
5章 虹彩病論 | ||
巻5 明治13年5月刊 | ||
6章 水晶体病論 | ||
手術篇 | ||
巻6 明治13年6月刊 | ||
7章 毛様突起及脈絡膜諸病論 | ||
巻7 明治13年7月刊 | ||
8章 交感性眼炎 | ||
巻8 明治13年9月刊 | ||
9章 神経系諸病 | ||
10章 視器官能的障碍 | ||
11章 眼富内諸病 | ||
12章 眼筋諸病 | ||
巻9 明治14年4月刊 | ||
両眼ノ集合運動論 | ||
巻10 明治14年5月刊 | ||
斜視 | ||
巻11 明治14年8月刊 | ||
平、老、近、遠、乱視 | ||
巻12 明治14年8月刊 | ||
眼機能試験術 | ||
附録 明治15年5月刊 |
『医科全書』解剖篇(巻1)の小引(明治8年8月、山崎元脩誌)に
「斯篇ハ……別二図譜ヲ附セス、学者宜ク人獣ノ屍体二就テ実地剖験スヘシ、或ハグレー氏、フレス氏等ノ図譜ヲ参観スルモ亦可ナリ……」とあり、眼科篇にも図譜は附されてなかったようである。けれども『医科全書』解剖篇図譜(24巻、502頁、603図、英蘭堂蔵版)なる1本が出版されている。これは、内務省衛生局『独逸海都満氏解剖図』を翻訳す(英蘭堂)、(藤井尚久編『医学文化年表』明治12年の項所載)とあるものと同本と思われるが、 これをさらに今田束先生閲、鈴木規矩治、磯 彝(いね)、浅田決、黒柳精一郎、4氏合訳の『海未満氏解剖書第1骨靭帯篇(260頁、600図、解説付、明治20年7月、金原寅作 蔵版)と比較すると各図版は全く合致し、両者ともハイツマン氏解剖図(Heitzmann Atlas)の翻刻であることが窺える。この中、本篇に関わる眼の図は『解剖篇図譜』巻8(第286図~第299図)、『海未満氏解剖図』(第289図~第302図)の所載図である。このことから『医科全書』の解剖図にはハイツマン氏解剖書、即ち内務省衛生局訳『独逸海都満氏解剖図』が翻刻されて用いられ、それはさらに鈴木規矩治氏等によって合訳され、『海末満氏解剖書』とし出版された。
当時は翻訳ものが多く行われたが、外人教師の講義筆記を適当に訳したものがそれらしく街にも売り出された模様である。明治13年6月15日の医事新聞(27号)には以下のような評がのっている。
「医学部ノ教科書卜唱へ生徒ノ筆記ヲ印刷シテ竊ニ坊間二鬻ク(ひさぐ)者アリ、世人争テ之ヲ購フ、予亦嘗テ其二三本ヲ観ルニ或ハ句ヲ倒シ或ハ字ヲ脱シテ全ク読下スヘカラサルニ至ル、即チ巻ヲ掩フテ日ク、魯魚ノ誤天下二布キ紛乱ノ文後世二博フ。鳴呼著書ハ謹サル可ラスト、今此生理、眼科二篇ノ如キハ芸香社、安藤正胤君ノ出版ナレバ原ヨリ彼ノ密賣ノ書卜同日ノ論ナラス。必ス彼ノ解剖篇卜併ヒ行レテ世ノ稗益ヲナスコト必然ナルヘシ」
本篇は明治10年前後の東京大学医学部におけるシュルツェ教師の眼科講義を筆訳し鉛版に付されたもので、当時のわが国の眼科学の最新知識を得る貴重な資料であったといえる。
●主な参考文献 | ||
田代基徳 | 医事新聞 27号、29頁、東京、1880 | |
小川剣三郎: | シュルツェ先生伝 実眼4、373、東京、1921 | |
小川剣三郎: | ミュルレル先生伝 実眼4、194、東京1921 | |
小川剣三郎: | 東京医黌日講紀聞医科全書眼科篇 実眼7、59、東京1923 | |
宮島幹之助: | 北里柴二郎伝 北里研究所、1932 河本重次郎 回顧録 東大眼科、東京、1936 | |
岩崎克己: | 河本重次郎伝 長崎書房 東京1943 |
*画像はクリックすると大きくなります。ブラウザの戻るボタンでお戻りください。
図1 医科全書 眼科篇 巻3 表紙 |
図2 医科全書 眼科篇 附録表紙 |
1989年5月 (中泉・中泉・齋藤)