研医会通信  164号 

 2019.1.15
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研医会図書館は近現代の眼科医書と東洋医学の古医書を所蔵する図書館です。
この研医会通信では、当館所蔵の古医書をご紹介いたします。

今回は 『摩鳴一流眼疾医書』 です。

『摩鳴一流眼疾医書』

 

麻嶋流は、いわゆる馬嶋流から分かれた流派で、系統的には五流(記香坊、高田、円形坊、祖忠坊、清源)五家(惣持、大智、玉泉、相寺、対馬坊)のうち、清源流大智坊に属するといわれている。今日伝えられている麻嶋流眼科の秘伝書といわれているものには「麻嶋流眼目秘伝書」(永禄元年、1558)を始めとした幾つかの相伝書が知られている。掲出の『摩嶋一流眼疾医書」は「文禄五年丙申 仲夏上」という年号がみられるもので、 これが即当時の書写本とは思われないが、少なくともこの年代の摩嶋流眼科の一端を伝えるものとして大事な資料と思われるので紹介する。

 

本書は上巻(59葉)、下巻(55葉)の2冊からなり、漢字と片仮名交りの和文で書かれた眼科書である。

 

本書の内容を項目より概観すると、

上巻

緒言

目之図眼体数録断

眼目内外三拾六色図節

摩嶋一流薬方二十二方

摩嶋―流内薬方

小児眼目内薬之叓

 

下巻

摩嶋一流洗薬之方

摩嶋一流眼目病疾見様之事

摩嶋一流秘伝養生之次第之事

諸眼病療治之事

摩嶋一流薬種能毒井拵様

眼病禁好物之類

薬種取替様之事

 

このような順序で書かれているが、上巻においては眼目内外三拾六色図節の項には36箇の眼病の彩色図を掲げて、その病態や治療方法を述べ、その他は摩嶋流の薬の処方を挙げている。また下巻には、洗薬の処方、眼病見様のこと、および養生の次第、諸眼療治のこと、

薬種能毒井薬拵様、眼病禁物、好物の類などを記述しているが、眼目病疾見様の項には内障のこと、白内障の針の立て方(手術療方)について詳細に述べている。その部分を原文のまま借用すれば以下の通りである。

 

摩嶋一流眼目病疾見様之事

同秘伝養生之次第之事

内障之事

「一五色有卜云ヘドモ煩始ハーツ也、何モ初発ハ先ニゴル也、後二黒眼イカニモ黒クシテ人見少ニゴル。亦白眼ノ内ニハサノミ筋ナシ、疼モセズ、血モヨラズ、腫モセズシテ次第次第ニ目霞ム斗ニテ、何トモナシ時々細キ針ニテツク如クニシクシクトシテ黒花白花チル或ハ目ニ物黒ク見へ、白クキラキラト見へ、色々ノ物見ユル、是皆内障之始也卜心得テ、内薬、指葉、洗薬ニテ療治スベシ、油断スヘカラズ、内薬ニハ補眼円、人参建中湯、指薬ニハ竜脳散、洗薬ニハ洗眼黄連湯

 

白内障二針タツル叓

朝日ニ向テ南アカリニテ可立。枕ハムサウ枕スベカラズ、若ハヅレテハ猶々目ソンズル也。枕ノ四角二長キヲサスベシ、枕ヲサスルコトモーツノ習也。

扨針ヲ立事、白眼卜黒眼トノサカイニ立ル也、白眼ノ方へ髪ノ毛一筋程ヨセテ針ヲイカニモ能ク先ヲツケ、一分ホド立入タル時黒眼之内人見ノ通リニ能々子ライテ針ヲヨコサマニナヲシテ、亦其儘捻リ入ベシ。扨人見ノ真中ヨリ人見ノ向イノフチマデ針先トドキタル時、針ヲクルクルトマハシテ人見ノ内ノ膿ヲサッサットカキタテテ、膿ノヨクヨクトケテ黒眼マデ入、亦針先ニモ付テハッハット見ヘタラバ、其時目ノ主ノ面ヲソバヘソトカタムケ、針ヲ下ノ方へ抜クベシ。亦針ヲ抜サマイカニモシヅカニ可抜也。アラク抜キソコナヘバ目ミスミガタニ成者ナリ。若亦膿心悪クシテー針ニテ効ナクバ三針モ四針モ立ベシ。己上十二針マデハ立ルニ定也。去ナガラ七針八針ニテ不明バ重テ無益也。或ハ白内障ニ堅白トテ膿ハ白ケレドモ膿堅クカタマリテ其膿不動、是ニハ針ヲ立テ膿ヲウゴカシテ膿ヲトロカシテ良シ。或ハ半白三トテ膿ハ青ケレドモ少白ク見ル叓有り。是ヲ先針ヲ二針程立置テムカハリ月ニテ膿物也、其時針ヲ立レバ膿出ル也。又、スミトテー針立レバ皆膿出テヨクヨク見ユル者也。己上針ノ深サハー分半也、是ヨリ深クシテハ悪シ、亦是ヨリモ浅ク立レバ膿ニアタラズシテ目アカズ、能々針ノ深サ浅サノ加減肝要也。亦針ヲー針立テ亦一針立ル間二十一日ノ者也、其内へ前ノ針立タルニ血ヨリテ不退也。針ヲ立ル四五日前ヨリ内薬ヲ与ヨ、三七日過テ前ノ針ノ血能引テ亦一針立ル也、両方ノ目ニ立ル針ハ片眼ノ間七日ツツ置テ立ベシ。十日ツツ置テ立ルヲ吉トスル也。扨針ヲ立テ頓内障ノ薬ヲ指ベシ、針ヲ立テ後ノ養生肝要也、手負ノ養生ヨリ大叓也、成程枕ヲ高クマキ原ヲシテカカラセテ、 ヨコ子ヲセズシテ養生スベシ、大小二便ヲ針立ル前二能々タシナムベシ。何モ其日ハー日面ヲフラズ子カヘリナドモアラクスベカラズ。身持ヲアラクシテ面ヲ杯フリソコナヘバ針ノ跡へ膿立返テ元ノ如クニ成也、針立後尚養生肝要也、内薬指薬専一也、亦師傳ニ曰ク、内障ノ針ヲ立ルニハ先膜ヲ拂切シテ熱金ヲ當ル叓常ノ膜ノ養生卜同前也、膜ノマジラザル内障ヲバ拂切セズシテ始ヨリ針ヲ可立、或ハ外障ノマジリタル内障ヲバ外障ヲ先養生スベシ、膜外障ノ雑リタル内障是ヲ先肝要ニ養生セズシテ始ヨリ針ヲ立ベカラズ、針ヲ立ンバ猶、悪キ也、惣而内障ノ針ヲ立ル叓初心ニテハ無益也。針ヲ立テ悪クナヲシソコナヘバ尚々目ヲ病眼ノ内ニ血ヨリテ目赤ク成テ頭痛スル物也、又ソコヘ深ク立テモ目疼キ頭痛シテ返テ目ツブルル者也、医書ニ計テ見テ針立ルヲ五三度モ見ヅシテハ針ノ療治大事也、ケイカウヲ能々シテハ、又安キ者也、針ハ銀針ヲ以テ立ル、但シ常ノ銀針ニハナク少シ替リタル物也、持所ノナクシテ能クアリアリトシテ次第次第ニ細クナッテ、サキヲ松葉ナリニシテ良。内薬ニハ金露円モ頭下シ、地薬ニ五三粒ヅツ吉、茶ニテー日三度ヅツ与ユ、金露円ヲモ五粒一服ニシテ、一日ニ三度ヅツ葱ノ白キ所ヲ煎ジテ其汁ヲ天目ニ七分ヅツ温ヲ以テ与ベシ。頭血ヲ留ンガ故也。此薬ハ内障ノ始ニモ良。又、 コウジテ針ヲ立テ後内薬ニモ良シ。可秘可秘。」

 

本書にはこのような摩嶋流眼科の白内障手術方法が記されているが、その要件を拾ってみると、

・内障には青、赤、白、黄、黒の5種類ある

・内障は内薬、指薬、洗薬をもってまず治療せよ

・朝日に向かって南あかりにて針を立てる

・枕(患者用)は用いない

・針は白眼と黒眼との境目に立てる

・針を立てる時、抜く時は如何にも静かに

・1針2針で効ない時は3針4針立てる

・針の深さは1分半

・1針立てて次の1針立てる間は21日

・針を立てる前には大小便の用をさせる

・外障のある内障はまず外障を治す

・針は銀針を用いる

・針を立てた後、 1日面をふらず、横寝、ねがえりせず養生が大事

・内薬は金露円5粒を1服にして、 l 日 2、3度ずつ、葱の白い部分を煎じてその汁を天

目茶わんに7分ずつ温め与える。

 

白内障手術が日本に伝えられたのは、古代中国を経て、およそ10世紀前後の頃だろうといわれているが、実際にわが国で手術が行われ始めたのは、大分後世になってからのことで、恐らく南北朝時代(1333~1392)のことではなかろうかといわれ、 白内障の治療にいわ

ゆる“針を立てる"という手術方法が行われたものと思われる。

 

本書は文禄5年(1596)頃の摩嶋流眼科を伝える眼科書として大事な資料と思われる。

 

 

 主な参考文献

 

  富士川游: 日本眼科略史 私立奨進医会、1899

  福島義一: 白内障の歴史から(4)、(10)、銀海No 8、No15、千寿製薬、大阪、1964-65

  神鳥文雄:  白内障手術の変遷について 眼紀21: 546-547、日本眼科紀要会、大阪、1970

  野田 昌:   馬嶋流眼科と明眼院 愛知県大治町役場、名古屋、1976

  鈴木宜民:  白内障手術の起源 日眼84: 183-190、1980

  竹内光彦:  白内障手術小史(IV)、眼科30:565567、金原出版、東京、1988

  奥沢康正:   白内障手術史(その4)日本の眼科63, 431-437、 日本眼科医会、1992

 

 

 

 

図1 摩嶋一流眼疾医書 上下

 

 

 

 

図2. 摩嶋一流眼疾医書 上巻 巻頭

 

 

 

図3. 同書、下巻末 「文禄五年丙申仲夏上」とある。

 

 

 

 

  斎藤仁男  中泉行信  中泉行史  1993