研医会通信 182号

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2020.6.26

研医会図書館は近現代の眼科医書と東洋医学の古医書を所蔵する図書館です。
この研医会通信では、当館所蔵の古医書をご紹介いたします。

今回は  眼科諸流派の針術 です。

眼科諸流派の針術

一江戸時代における白内障治療一

 

江戸時代における眼科諸流派の古写本に記載されたところによると、内障のうち、白内障、青内障、黄内障は治るが、黒内障、赤内障は治らず、また別の書には、白内障、青内障、黒内障は治るが、石内障、血内障、赤内障、黄内障は治らずとある。

 内障の治療には薬物療法と針治療が行われているが、白内障、青内障の治療には主として針による治療、いわゆる“針立"が行われたようである。

 筆者らは手許にある江戸時代の眼科諸流派の古写本によつて“針立"を調べ、比較表を得た。

 こうしてみると内障眼針術の共通点などがよくわかる。

 江戸時代の眼科諸流派においては、針を眼球に刺し込み、水晶体を眼球の底に落下させ、光が目の中に差し込むようにする墜下法、いわゆる“針立"が主に行われたものと思われるが、特に内障眼の針立は各眼科流派の間で秘術として多くは他言を許されず、その成功率がどの程度のものであつたか明確ではない。

 内障眼針術を行う諸要件を検討することによつて、江戸時代の眼科諸流派で行われていた“針立"の一端を伺い知ることができた。

 

流派・書名 刊行年 針立記述の見出し 天候・時刻(および場所) 体位 術前
【医者】
【患者】
術中 術後【医者】【患者】 食禁と薬
生嶋流想伝眼科 不詳 針立次第之事 天気の良い朝.無風   【医】前夜より身を清め心を鎮め,朝より妄りに手を使はぬ 自目黒目の境に立てる,辺リヘ人を寄せない.澄針を三十日,五十日,一年後に立てる 【患】枕高く手負の如く養生,辺リヘ人よせず,二時後暗き所へ入リー日二度づつヌル金当る,二三日したら竜脳散  
眼科撰要 1826年刊 白内障秘訣鍼術用意 晴天無風   【医】前夜より身を清潔にし,心を正しく,気を鎮め朝より妄りに手を使はぬ【患】鍼を刺す十日前より房事を禁ず,三日前より歩行労働を禁ず 十日の間高声禁ず   【患】術後七日間臥寝禁,頭傾くるを禁,西の刻まで断食.握り飯,梅演,焼味噌類用いて良,喜怒憂思悲恐驚を慎しむ.燈火を見ず風に当らず.七日目より臥寝よし,二十日内歩行慎しむ  
眼科医療手引草 不詳 内障ノ針ノ法       空輪の針半分真直に一分瞳よりすぐに立てること一分あまり,向い針の回口へ指薬    
眼目明鑑 1689年 内障鍼 朗日 仰臥   頭目を按え針先に唐墨を塗り自黒眼の境より針を横にし瞳子の通り内障の真中へ立てる,針の深さ五分を過ぎぬこと 【患】針の跡に麝香を灌ぎ,必ず眼を閉じ,濃紺の絹にて眼目を強弱なく縛き一宿させる,十七日の間色ものを見ない  
眼目精要 1726年 眼目療治法 曇、雨降日烈風八ツ時以降さける   【医】人神をよくわきまへる.眼底をみる   【患】枕を高く三時程横寝せず,高声出さず身を寒くせず,産後の養生の如く 禁物を固く守る
眼目図解 不詳 内障ノ見様同療治之事 良く晴れた日     白日と黒目の堺に立てる, ソコヒを療治して後三十日,五十日,一年後に澄針立てる 【患】枕を高く手負時の養生の如く,辺リヘ人をよせず,二時程して暗い所へ入,日に二度づつヌル金を当る 二三日過ぎれば竜脳散を指す
眼療辨 不詳 取内障膿之法 二、三、四、八、九、十、十一月の宜気、寒暑を忌む。晴天朝日を受けて   【医】深浅を試るため針先に紙を巻き付る 瞳子真中より少々小眥寄りに立てる,両眼悪い時片方づつ七日を経て立てる 【患】枕を高く五日目頃から枕を半分に下る,手拭にて眼の上より後頭部辺を緩くしばり頭痛散を一日二度服用, 陽に当らぬこと 堅いもの熱い物食べない 音曲類禁ず
橋本流鍼術論 不詳 内障鍼之立様 春秋日限を定め、晴天の日、
風雨曇天をさける 
(庭に席を拵へ指傘をさす)
仰臥 【医】目を開き眼輪を入れる
【患】二十七日已前肉食鶏卵を食す.湯あみして身を清める
膿深い時五~六分,浅い時三~四分,指をきめて横左右十文字に廻し,十四~五遍も廻し息を留め早く抜く 【患】七日昼夜臥寝後,綿や手拭を取払い大方少しは見える。二十日,三十日,半年まで見える事有,膿ぬけず又針する場合春秋に立てる 固いもの油物を忌む,禁物多し
江源流眼科秘論      不 詳  内障針之法 吉日風静日暖日之午の 時 (庭に傘を指す) 仰向きに臥  【医】眼目の大小に合せ竹の輪にて目の上, 胞下瞼を按へ頭目を動かぬ様手で眼を按へる 大眥の方自黒の堺より 鍼を横にして瞳子より 内障の真中へ刺す.深さ三分過ぎない 【患】十七日の間色の 物を見ない 【医】爵香を以て針の 跡へ灌ぎ眼を必ず閉じ 塞がせ濃紺の綿にて眼目を縛リー宿させ明日 弛ませる 鍼立了る後光明膏を付 ける
神教流針之事 (写) 1849年   内障針之図 晴天の時    【医】病人をして必ず 心気を落付かせる 内障に五色有,治るもの黄白二症のみ.少しの明あるもの針はしない,両 眼に病ある時, 三,四 十日経て片方宛治す,針の深さ五分, 瞳子よリー分四,五厘 ~三分    
留春園眼療原秘録 文化文政   針術之秘法 晴天朝五ツ時より
四ツ時までの内
  【医】三日前より辰砂五分白湯に入り,一日一杯宛用い,四日目に針立てる, 心気を鎮め 眼輪を眼胞にはめ,針本にて玉を軽く突き病人の気を伺う 針を二本の指にて持ち少しひねる心持にて刺 毒の深浅を伺い二分よ り四分位まで刺,両 眼 ソコヒの時は片方宛治 す,三十日を経てから術を用う 【医】針する前八コベ草の汁をとり布にて漉し針を抜いた跡へ指す. 目を合せその上を木綿切で巻き七日の間 産内台内に入れ頭を傾けない様にして看病人を附け八日目朝木綿切を取り除き目を開いてみる 五辛油こいものすべて忌む, 三黄潟心加辰三分日に三貼づつ用う
獺祭録 (写) 文化文政 手術法九側
一 剰洗法
二 破鉄法
三 釣鍼法
四 焼鍼法
五 銀胞法
六 捻出法
七 小鋒鍼法
八 紫鋏法
九 刺絡法
           
玉泉坊流船開活眼晴 (写)  1680年 針ヲ立ル事  吉日天気晴風無時昼前
(外に住傘を指す)
枕を低くして仰臥  【医】医者も如何にも 機嫌良き時
【患】患者によく食を進める
目を左手にてあけ黒目人見の上に針を横に置き,針を引乍ら自目より糸目ほども黒目の内に針先を引止めてソロリソロリと捻入れる 【医】患者を産後の如 く寝所を兼て用意して寄り掛からせる,その日は自粥だけ少し食べさせ次の日飯食を用う  
八幡流眼病極意書  1766年 針之叓 天気晴朗の日暈雲ない
日午刻前後
(外に傘を指す)
仰向臥人枕を良いかげ んにさせる 【医】眼の大小に合せ 竹の輪をマケ紙にそくいを付てよくまき,上 下目瞼にしかせ,人 見 が動かぬようにして針 立る 針の深さ三分 【患】座敷の奥静かな 場所に産後の如く寄り掛からせ,七 日程おいて横臥させる 内障の内薬三貼与える. 乳でといた煉薬を同日 に二十度流し入れる
馬嶋流眼目東曇秘録 (写)  江 戸 鍼  晴天の午の刻
風雨雪電陰曇をさける
  【医】病人に今針を立てる事を理らせ,心 を鎮めさせ病人の躰を伺い知る. 病人の親子兄弟肉親のものを側に置く   【患】針を立て病人横 寝禁ず,十二日の間目 を明ける事を禁ず,物を見ること火を見る事 を禁ず  
麻嶋流灌頂之小鏡 (写)   1607年 針治之事      【患】針を立てる日は
内煎三服呑ます
【医】眼の大小に合せ
竹の輪をあけ瞳動かさ
ぬようにして針立てる
上 よ り三度 ヒネリ立る, 
空進針,震通針, 相針, 向針, 針の深さ 三分
【患】針立てて後七日 間横臥せず三日横にや すめて又立る 内薬指薬使用 
摩嶋流眼疾方   不 詳 内障針之叓  春三,四月天明らかなる日   【医】針を立てる四, 五日前より内薬を与える,大 小二便をよくよくたしなめる 白眼と黒眼との堺に立てる, 針の深さ浅さの加減肝要, 針は銀針を使用, 膿内障は満膿しない時針立てず 【患】手負の養生より大事,枕を高く, まきはらをして寄り掛からせ, 横臥させず養生, 日光禁じ, 寝返りせず, 一日面をふらない 点薬日に三四度指す
三井流膿内障鍼術 (写)   1770年  膿内障鍼術  春秋,天気快〇の日, 午後
(庭,南明を受けて)
仰向に寝かせる,己 の 鼻を視る様にさせる 【医】常の眼疾を見る 様に座 し,手伝人の中指にて病人の下眼胞を押へ眼輪を用う   【患】三日ほど目を閉じ横臥させず物にすがる, 又は産後の様に次第高のコモに椅らす 薬は目が開いてより用う, 点薬に陽丹, 内薬に当帰湯加大責
山口道本内障一流養生的伝鏡 (写)  1721年  針立様        七日寝させず三日横寝 して又立てる人見白眼 の間髪筋三筋の間をお き立てる.深 さ三分, 内薬本煎三服呑む,物 に寄り掛からせ少し間 を置き呑む    
柚木流眼科秘録 文化文政 針術之秘法 晴天朝五ツ時より四ツ
時まで
(庭先, 日当良処,台を拵へ 其上に白張の傘を指す)
仰 臥 【医】術前三日より白湯に辰砂五分づつ入れ,一 日―盃づつ用い 置く,四 日目に針を立 てる時は冷水にて洗い 心気をよく鎮める,ハコベ草の汁を取り布にて漉しておく 医者の左足を引き左膝を立て,よくよく体を堅め心気を鎮め眼輪を眼胞にはめ,針の本で軽く玉を突き患者の気を伺いみる 【患】針を抜いた跡ヘハコベ草の汁を指し目を合せ其上を綿にて蓋い其上を木綿にてよく巻きおき,七日の間産台の内に入れ頭を傾けない様にし看病人を付ける 食禁は五辛,油の多いもの総て忌む

 

主な参考文献

・小川剣三郎: 稿本日本眼科小史. 吐鳳堂, 1904

・福島義一: 日本眼科全書第1巻, 眼科史。第1分冊, 日本眼科史。金原出版, 1954

・中泉行正: 明治前日本医学史第4巻, 日本眼科史。日本学士院, 1964

・福島義一: 白内障の歴史から(1)~(16). 銀海No.5~21, 千寿製薬, 1964~66

・神鳥文雄: 白内障手術の変遷について.眼紀 21:  546~ 547, 1970

・鈴木宜民: 白内障手術の起源。日眼会誌 84: 183~ 190, 1980

・竹内光彦: 白内障手術小史I~Ⅳ. 眼科30巻, 1988

・奥沢康正: 白内障手術史1~4. 日本の眼科63巻, 1992

・三島済一: 白内障手術の歴史1~4. 臨眼 48 : 1490‐1493, 1654-1657, 1792-1795, 1904-1908, 1994

・千葉弥幸: 千葉大学の医学古書と眼科史. 千葉医学73:33~37, 997

・日本眼科学会: 日本眼科学会百周年記念誌 第6巻, 日本眼科の史料, 1997


 

  斎藤仁男  中泉行信  中泉行史  1998