研医会通信 184号 

研医会トップ 研医会図書館眼科
漢方科交通案内法人情報
 

研医会図書館は近現代の眼科医書と東洋医学の古医書を所蔵する図書館です。
この研医会通信では、当館所蔵の古医書をご紹介いたします。

2020.8.26

今回は  高野長英著訳述の眼科書について です。

高野長英著訳述の眼科書について

 

 

 幕末におけるオランダ医学の先覚者、高野長英(1805~1850)の波瀾に満ちた生涯についてはよく知られているところであるが、蘭方医家として近代眼科書の著訳述にも努力したことを看過することはできない。

 

 『高野長英伝』(高野長運編)によれば、高野長英生涯の著訳書は49部数百巻にのぼると推測されている。このうち、眼科に関係あるものは『西説医原枢要』と『眼目究理篇』などである。

 

 『西説医原枢要』は高野長英がデラハイエ(Georges Dieulafoy, 1893-1911)、ブリューメンバフ (Johann Friedrich Blumenbach, 1752-1840)、 ローゼ (Theodor August Roose、1771~1803)などの和蘭の生理学の著書数種類を参照して著述したもので、当時西洋の生理学がわが国に紹介される中、生理学を主題としてこれを組織的に記載した書としては初めてのものといわれている。

 

 本書は内編5巻、外編7巻の内外2編、全12巻で完結することになっていたようであるが、内編5巻は天保3年(1832)の脱稿、 また外編7巻は天保7年(1836)に脱稿したと伝えられているが、現在はその所在は不明である。内編5巻のうち、巻の1のみが天保3年11月、高野譲識の題言(6則)を載せ、擴玄居(高野長英の舎屋名)蔵版により新鐫された。

 

 本書の内容は目次によれば以下のようである。

(題言)

「巻の1」

活物区別第1

人獣区別第2

人類区別第3

人身総括第4

 凝体、流体、活力、神力、稟賦

「巻の2」

人身運化区別第5

神力運用

 觸覚 視 聽 齅 味 窹寐 擧動

「巻の3」

 活力運用

  血液運行 呼吸 純液泌別

「巻の4」

 飲食消化 養液吸収 血液製造

 諸部栄養 身体熙温 汚物排泄

「巻の5」

生生妙機

  殖器運用

  胎兒化成

  胎兒栄養

  分娩妙用

 

 この目次のうち、巻の2、人身運化区別第5神力運用の“視"の項が眼の生理に関する記述である。『西説医原枢要』は「医原中ノ大綱ヲ提挈シ正文トナシ、国字を以テ諸説ヲ輯メ註解トナシ之ヲ正文ノ下ニ彙列シ…」とあるように、本書の文体は正文の部分が漢文で、註解の部分は片仮名混じりの和文で記述されている。

 

 次に巻の2の本文の一節を例文として挙げると、

「鍳 識形象 者名日視神其用起視神経

これに対する註解を

「視神ハ視神経ノ官能ナリ物影外ヨリ眼二入り其内ノ諸液二映スレハ視神之ヲ見テ之ヲ精神二伝ヘテ以テ其形象ヲ辨識セシム是レ鍳識ノ生スル所以ナリ」

 また、本文は以下のように記述されている。 

「眼位鼻之両側 眼窠之内六膜三液成其体睫與瞼眉_護其外_稀液滑其周囲_六筋連撃焉以主宰其運転動揺形象光之觸物而所反照者也. 其所射映必以線透徹角膜而入、又岐而倒映於眼底倒映則眼球之天造而所正視 則視神之主宰也」

この本文に対して和文の註解を

「眼球最外ノ膜ヲ結膜卜云フ眼球之ヲ以テ眼瞼ノ裏面二附著ス云々…」の他、剛膜、角膜虹彩、水様液、水晶液、硝子液、瞼、涙、眼筋、光体、あるいは眼鏡の理論などに言及して詳細な註解を記述している。

 

 次に『眼目究理篇』についてみると、本書は東奥 高野長英訳述となっていて、長英の生涯を第一期長崎遊学時代、第二期江戸開塾時代、第三期下獄以後と分けてみれば、第二期江戸開塾時代、すなわちいわゆる尚歯会時代(天保元年~天保10年、1830~1839)|こ訳述されたものと推測されているが、いずれの本からの訳述か判然としていない。

 

 本書は本文と附録よりなり、眼の生理学を問答形式で記述したものである。附録には図説として第1図より第10図まで眼病について記述されているが、その図は示されていない。問答体の1例を挙げると、

「○問日其外影逆映ス然レトモ我眼中ニソレヲ見ザルハ何ソヤ. 〇答曰然り物影網膜二映スルモノ絶テ逆映ス. 〇問日然ルニ我輩ノ順正二見ルハ何力故ソヤ. ○ 答日此理唯意識ノ監定二関係ス」

 

 このように眼の生理、物体の見え方、遠近の見え方、あるいは眼鏡のことなどについて問答形式で記述している。

 

 長英の眼科書は主として18世紀から19世紀初めにかけて、 ヨーロッパにおいて行われた生機論の立場から書かれた医書をもとに訳述されたもので、当時のわが国に新しい人身窮理の道である生理学の道を開き、蘭方眼科の進展に大いに影響したとみることができる。そして長英が当時の限科にこのような関わりのあったことを看過してはならない。

 

主な参考文献

1)高野長運: 高野長英伝. 史誌出版社、1928

2)同上:   高野長英全集第1巻. 高野長英全集刊行会、1930

3)内山孝一: 明治前日本医学史第2巻.

       明治前日本生理学史. 210-213、 日本学術振興会、1955

4)服部敏良: 江戸時代医学史の研究. 392-435、古川弘文館、1975

5)朝日ホームドクター社: 日本の医史跡20選、(株)バイエル薬品、1991

6)酒井シヅ(監修)日本医師会(編): 医界風土記―北海道東北篇. 75、思文閣、1994

7)経済雑誌社: 大日本人名辞書. 1216、経済雑誌社、1912

 

 

図1  高野長英:著『醫原枢要』 扉 

 

 

 

図2  同本巻末 嵐山甫庵旧蔵識

 

 

  図3  高野長英:訳 『眼目究理篇巻頭』

 

  斎藤仁男  中泉行信  中泉行史  1999