研医会通信 185号 

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この研医会通信では、当館所蔵の古医書をご紹介いたします。

2020.9.25

今回は 『視学一歩』 です。

「視学一歩」

 

 文政6年(1823)に和蘭医官シーボルト(Phillipp Franz von Siebold、 1796~1866)が長崎に渡来し、語学のほかに博物学を伝えた。高野長英、戸塚静海、伊東玄朴、伊東圭介、岡研介、高良斎らがその門弟となり、医学の外に物理、化学、博物の諸科が大いに進展し、正に蘭学の全盛ともいうべき時代であった。このころ、洋方医家として大阪に開業し、稲村三伯(海上随鷗)に蘭学を学んでいたのが中環(丹後の人、名を環、字は環中、思々斎、天海と号す。1783~1835)である。環中はひろく科学の翻訳書を絡き、当時、最新の知識を備えた先覚の学者の1人であった(『緒方洪庵と足守』)。

 

 『視学一歩』については先輩諸先生のご研究によりよく知られているところであるが、筆者らの手許にある2、3の史料を調べたので紹介する。

 

 『日本洋学編年史』(大槻如電原著、佐藤栄七増訂)の文政7年(1824)の項に以下のような記載

がある。

 「『視学一歩』(一巻)中天游撰

  この視学一歩は視力の原理作用を示すもの。二十図を附す。本書の撰述年支未だ詳かならず、跋文に拠りて此の年に掲ぐ。」

として図1のような跋文が収載されている。

 

 この跋文によると、石井享が天游の門人として修業中に『視学一歩』という小冊子を賜つて拝読したとのこと、その跋文が書かれたのが文政7年4月のことと推測される。

 

 また、『明治前日本生理学史』(内山孝一著)には、『視道和言』(松森胤保著)の中に、“京都の

人、仲天游(号環中)の口述したものを門人石井享が文政七年に筆記した「視学一歩」という1冊の光学書がある"という記述のあることを、中村清二氏が詳細に記述されていると紹介がある。

 

 このように中天游の『視学一歩』は文政7年以前に成ったものと推定される。

 手許の史料は、以下の通りである。

 ①春和堂蔵 視学一歩 全(写本)

 ②静嘉堂蔵 視学一歩 全(写真複製)

 ③内田貞蔵 視学一歩図篇(写本)

 

 史料①は巻頭に、視学一歩、平安、仲環環中述とあり、片仮名、漢字交りの和文、18葉、理原視度1葉、六等差表1葉、図32、10葉、全1冊、23.5×16.5cm、四針和綴。

 史料② 静嘉堂蔵書、大槻文庫の蔵書印、巻末に、甲子七月八日、八十雙如電㊞ (大槻如電識)は巻頭に、視学一歩、皇和、平安、中環 環中述とあり、片仮名、漢字交りの和文、表と図とも26枚、全1冊、11.5×16.5cm、洋綴。

 

 史料③ は、視学一歩図篇、前篇通計33図、影線差六等表とも8葉、全1冊、19.5×13.3cm、四針和綴、濱松小書巣内田貞蔵書の印。__これら3点の史料でみる限り『視学一歩』は33個の図とともに本文によって光線、視線の角度、光の屈折、視差、凹凸レンズの理論、写真鏡、眼光学の解説を記述した、いわゆる眼光学書である。また、 この3点の史料の図を照合すると、① は第1図~第7回、第17図~第32図

が、② 、③ はそれぞれ33個の図が描かれている。

 

 この『視学一歩』が著作されたと推測される年代はまさに外国書の訳述全盛時代ともいわれるが、眼光学を解説した眼科書はまだまだ少なかったようである。しかし、 このような当時最も進歩的な眼光学書は多くの人々に競って読まれたものと思われる。

 

 文久3~4年(1864~1865)版『眼科要略』(中川哲淡齋編輯)には眼目諸器大略、外影交叉映写

眼底之説の解説とともに、眼目内象の図として『視学一歩』の第19、28、31、33図が、また同書第2集には“諸図係視学一歩所載者今掲之填白亦眼科之一端也"と識された項に『視学一歩』の第1図~第8図、第12図~第18図、第21、23、24図が引用所載されている。

 

 このように『視学一歩』は幕末における眼生理学、特に眼光学に関する初期の良書の1つに挙げることができる。現在、大阪、平安と別々に識した中環環中述『視学一歩』の書写本が東京大学附属図書館の他、十数か所に蔵されているようである。

 

主な参考文献

1)緒方銭次郎: 緒方洪庵と足守. 1927

2)緒方富雄: 蘭学のころ. 弘文社, 1950

3)大槻如電著、佐藤栄七増訂: 日本洋学編年史, 381, 409, 錦正社, 1965

4)藤井尚久: 中天游(1783~1835). 明治前日本医学史5巻「本邦(明治前)著名医略伝」所収, 428,日本学士院, 1957

5)福島義一: 中天游著視学一歩の一考察. 医譚No.17, 1737, 1958

6)福島義一: 中天游著「視学一歩」について.臨眼12: 815, 1958

7)福島義一: 合信著「全体新論」の眼科事項について. 臨眼 12: 1249, 1958

8)内山孝一: 中環中述の「視学一歩」. 「明治前日本生理学史」所収, 318, 1981

9)藤野恒三郎:「視学一歩」―中天游の著書―。「医界風土記 近畿篇」所収, 82, 1993

 

    図1 跋文 

 

 

      図2  『視学一歩図篇』 図28~32  

 

    図4 『眼科要略』所載の『視学一歩』眼光学図

  

  図5 図4同本 眼光学図と諸器大略 のページ 

 

  斎藤仁男  中泉行信  中泉行史  1999