研医会通信  170号 

 2019.6.14
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研医会図書館は近現代の眼科医書と東洋医学の古医書を所蔵する図書館です。
この研医会通信では、当館所蔵の古医書をご紹介いたします。

今回は 『延寿撮要』 です。

『延寿撮要』(1巻 曲直瀬玄朔:著)


「上古の人は無為無事にして自然に養生の道に合す。中古にいたりて人の智慧盛にして善悪をわかち、名利を専とし衣服をかさり、酒色をこのみ、形神を労す、故に天年をつくさずしてはやくほろぶ。云々…、養生の道ひろく言へば千言万句、約していへば惟これ三事のみ、養神氣、遠色慾、節飲食也、此事易簡なれども、人これをきかず、 もし聞く人あれども、其身に行うことなし云々…、是よりさき養生の書あまた異朝よりきたるといへども、俚俗の者たやすくわきまへがたし、故に古今の書を互見し萃を抜、要を撮て倭俗の辞にて是をのぶ。庶幾田父里嫗にいたるまで、あまねく此道を聞て、常におこないつつしみ、身心安楽にして寿域にいたらむことを|

 

これは『延寿撮要』の“養生之総論"に所載された記述の一部であるが、本書が成立した16世紀の後半、当時、養生の道がどのようにとらえられていたか、本書を通して考えてみたいと思う。

 

本書は曲直瀬玄朔(1549~1631)著に係る、慶長4年(1599)玄朔自身の跋が入つた古活字版で、その刊記に、慶長巳亥立夏之節、法印玄朔、意齋道啓刊行、とあるが、元和年間の古活字版と認められる(川瀬一馬氏)ものである。全1巻1冊44葉(25.8× 17.0cm)、丹表紙、毎半葉9行、毎行字数不定、平仮名交り和文。

 

本書の内容はその総目録によると以下の通りである。

 

養生之総論

≪言行篇≫

四時書夜之動静、道引按摩、行立坐臥、喜怒哀楽、視聴笑語、 二便、衣着、沐浴、抜白髪去爪甲

≪飲食篇≫

飲食適中、五味、朝暮食法、飲食之慎、合食禁、月禁、飲酒之慎、喫茶之慎

≪房事篇≫

陰陽和合、慾不可早、泄精有限、房事雑忌、慾有所避、交會忌日、求子息

 

このように内容は言行、飲食、房事の三篇に分けて養生節制の要を記述し、言行篇にて言語、動作、喜怒、視聴その他のことを説き、飲食篇にて飲食に関する諸注意を述べ、房事篇にて一切の房事、謹慎、制節のことを記述している。このうち、眼に関する記述については視聴笑語の項を始め以下のような記述がある。

 

≪言行篇≫

視聴笑語: 眼に悪色を見る事なかれ、耳に悪聲を聞く事なかれ。目を極めて物を見る事なかれ。遠きを見ることなかれ。久しく見ることなかれ。細字を見ることなかれ。日光を見ることなかれ。金色、 白色、赤色、皆眼力を損す、青黒の屏風眼によろし。端午の日血物を見ることなかれ、虹蜺に指さすべからず。魚鳥獣の油、燈に粘すれば眼を損す。

 

行立坐臥: 朝おきて口を漱ぐに、先づ塩少許口中に入牙歯をすり、手の中に吐出して眼をあらい、其後温湯にて面をあらい、 口をすヽぐべし、常にかくのごとくすれば、老年にいたりても牙根堅く根明か也。但し人によるべし。 血のすくなき虚眼にはよろしからず、又常に目を開いて面をあらう事なかれ、目渋くて明を失する也。冬夜ふして、厚衣を覆ひて太だ暖なる時は睡覚めて、必ず目を開きて毒気を出すべし、かくのごとくすれば目の疾なし。

 

沐浴: 目疾の人かみあらうべからず、常にしげく髪あらへば目を損ず。

 

≪飲食篇≫

 飲食之慎: 茄子甚冷にして瘡を発し目を損ず、虚冷の人食すべからず。

 

≪房事篇≫

 房事雑忌: おほく葫*を食して房事すれば肝氣を傷て目をやむ也。眼疾の人房事すれば内障となる。(* 葫はにんにくか?)

 

この本は玄朔が関東に滞在していた折、村人が養生の道を知らなかったばかりに、不幸にも若死するものが多かった。これをみて、あまりにも憐れに思い、本書を編したという。数種の養生書を調べ、そのなかの大事な語句を集め、見間に便利なように和字で1巻にまとめ、『延寿撮要』と名づけた。養生の道を記述したものである。

 

本書には出版年代により数種の版本が以下のように知られている。

 1. 慶長4年曲直瀬玄朔跛文記載の後、間もなく出版されたものと認められる。平仮名交り、大字本。

 2. 慶長後半期の翻刻と認むべき1本。

 3. 元和年間の翻刻と覚しき、「意齋道啓刊行」の刊記がある1本。

 4. 平仮名交り整版。寛永7年刊。(川瀬一馬著『増補古活字版の研究』上・中)、寛永9年、万治3年、寛政12年、文化13年、刊年不明版(『国書総目録』第1巻520、岩波書店)などの各種版本。

 

また、慶長古活字版には誤植活字の異版と認められるものが、内閣文庫、富士川文庫、雲村文庫、久原文庫、東洋文庫(屋代弘賢手沢本)、成簀堂文庫、岩瀬文庫などに所蔵されていると(『古活字本研究資料』、『増補古活字版の研究』など)いわれている。

 

このように幾種類もの版本が出されたことは、本書が当時の多くの人々に読まれ、 日常生活の健康管理に役立ったものと思われる、 と同時に16世紀の後半に、中国医書などの導入にせよ、人々の養生の道を考え、しかもそのひとつひとつを実行して行くことが最も肝要であると指適していることに改めて敬服する。

 

著者、曲直瀬玄朔は名を正紹、通称道三(二代目)、東井と号し、幼名を大力之助といった。父初代道三(翠竹院)とともに日本医学中興の祖と仰がれ、後勅旨により法眼より法印に昇進し、延寿院を改め延命院の号を賜った。著書は本書の外『済民記』(2巻)、『医学天正記』(2巻)、『医方明鑑』(4巻)など多数にのぼる。

 

 

 

● 主な参考文献 ●

佐村八郎: 増訂国書解題 231、(明治42年)1909国書刊行会:解題叢書倭版書籍考 巻5 医書之部 456、(大正5年)1916

三宅 秀・大沢謙二: 日本衛生文庫 第6輯255、(大正7年)1918

河本重次郎: 千金方ノ眼科日眼会誌 29:15261532、(大正14年)1925

続群書類従完成会: 続群書類従 31巻上245、(昭和2年) 1927

岩波書店: 国書総目録 1巻 520、(昭和38年)1963

川瀬一馬: 増補古活字版の研究(上)330、(中).750、(昭和42年)1967

矢数道明: 近世漢方医学史―曲直瀬道三とその学統一(昭和57年)1982

岩波書店: 古典籍総目録 1巻 101、(平成2年)1990

    図1: 『延寿撮要』(古活字版)表紙

     慶長4年(1599)玄朔:跋 意斉道啓:刊行

 

     図2:  同書  ”視聴笑語”の部

 
 

 図3 『延寿撮要』(製版)寛永7年(1630)

     表紙 中野市右衛門:刊行

 

     図4 図3同本 目録部分

 

     図5 図3同本 ”喜怒哀楽”の部分

 

 

 

 

  斎藤仁男  中泉行信  中泉行史  1994