研医会通信  167号 

 2019.3.15
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研医会図書館は近現代の眼科医書と東洋医学の古医書を所蔵する図書館です。
この研医会通信では、当館所蔵の古医書をご紹介いたします。

今回は 『秘伝眼病療治書』 です。

『秘伝眼病療治書』

 

 

今日伝えられている麻嶋流眼科の秘伝書にはいろいろの種類が挙げられているが、書名(表題)などが異なったもののほかにも、書写の年代(または年号)からも、江戸時代以前のものから江戸時代の末まで、大変広い範囲にわたって書写相伝されたものがあり、多様である。

 

『秘伝眼病療治書』は江戸時代半ば頃に書写された麻嶋流眼科書とみられるもので、その眼科の一端を窺い知ることができようかと思い、 ここにご紹介する。

 

本書は麻嶋若狭守清源秘法書として、寛文7年(1667)に漢字と平仮名混りの和文で書写された、27葉、全1冊(245×180cm)の眼科書である。そもそも、本書の源はといえば、その由来について、本書は次のように記している。

「麻嶋若狭守清源、三河国宝来寺の葉師如来に参籠あって十七11の間いのり出す書物なり、云々……」

これによって本書は麻嶋清源が三河国宝来寺(現愛知県南設楽郡鳳来寺)の薬師如来(峯薬師、 日本三薬師の1つ)より授かった眼病療治の秘法書で、清源の家伝となったものと思われるが、その後、麻嶋若狭守林活に、そしてさらに河角三郎左衛門家長へと伝授されたことが推察される。

 

さて、本書の内容であるが、どんなものであろうか。目録によれば以下のような項目が掲げられている。

 

麻嶋灌頂小鏡之巻

眼目養性之次第

七種之内障絵図

薬性并拵へ様

内薬拵へ様

薬使い替へ様

好物禁物之事

 

さらにこれら項目をもう少し詳しくみてみると、以下の記述になっている。

《麻嶋灌頂小鏡之巻》

ここには「まなこは五臓のせいめい一生のたから、天に日月ある如く、五臓六腑のせいきみなまなこにあつまる……」に始まる十二病、十二神の論、眼の躰肝の臓陰陽の説、くすりの名、龍脳など39味の薬種を挙げ、龍脳散、真珠散、大真珠散、明上散、辰砂散、丹朱散、上明散、 もかさ目の薬、そこひに針たてたあとの薬、ただれ目にぬる薬、洗薬、内薬四物湯……などの処方が掲げられている。

 

《眼目養性之次第》

ここには、ふじまけ、すぎまけ、 うわび、てんひ、お、うがん、3、ちただれ日、 さかまつげ、 どにく、おにく、たいはのほし、あまのじゃく、 もかさ目、つきのわ、 くぼみ、つりまけ、すまるほし、なのなきめ、など、眼病の彩色絵図を附した治療方法が記されている。

 

また、あつがね、見分、刀、養性、そこひなどの大事について述べ、続いて「七種之内障絵図」として、 きそこひ、 くろそこひ、血そこひ、石そこひ、あおそこひ、中そこひ、 自そこひなどについて彩色絵図を掲げて、それぞれのそこひの治療方法を述べている。

 

《葉性井格へ様》

この項には龍脳など39味の薬性とつくり方を述べている。

《内葉桁へ様》

しゃくやくなど15味の内薬のつくり方が述べられている。

《薬使い替へ様》

ここでは代薬のことが述べられ、

・龍脳の代りには樟脳を焼いて用いる

・真珠の代りには赤石脂、滑石

・牡蛎の代りには鳥賊、龍石

・雀員の代りには貝子

・樟脳の代りには焼き龍脳

などとある。

《好物禁物之事》

ここでは眼病患者が食べてよいものと、悪いものという意味であろうか。よい物として、密柑、橘栢、はも、 しほだい、 こち、あわび、いりこ、黒まめ、黒ごま、 ひう、3、き、 くこ、 うこき、 さんせう、たにし、うたにし……、禁物として、油、しょうが、にんにく、そば、あい、あさつき、わらび、ふ、生鯛、 さけなどが挙げられているが、 どんな眼病に対してよい食べものなのか、禁ずべき食物なのかははっきりしていない。ただ、寛文の頃の麻嶋流眼科にあっては、 この程度の分け方であったかもしれない。

 

このように本書は麻嶋若狭守清源の家伝の秘法を伝えた眼科書であると思われるが、小川剣三郎博士は『稿本日本眼科小史』(明治37年刊)のなかに麻嶋流と馬嶋流との関係について次のように述べられている。

「馬島流卜称スル者ノ内二明眼院ノ外二大智坊卜称スル者アリ、尾張馬島村二相対立シテ眼科ヲ業トナシ、 常二正統争ヲナシテ相下ラス、文化、文政ノ頃一度尾張藩二訴訟セルコトアリ、遂二敗訴トナリ、馬島ヲ号スルコトヲノミ許ルサレテ其地ヲ退去セシメラレタリト云フ。大智坊卜云フハ坊名ニシテ……馬島大智坊重常(大永七年入滅)… (中略)… ・馬島大智坊円祥(文化六年入滅)ヨリ以後ハ岐阜二移住セリト云フ… (中略)… 或ハ眞島卜云ヒ、麻島卜云フハ唯其ノ異ヲ示サント欲セルニ止ルナラン。ソノ麻島卜称スルモノ、秘伝書二三河国宝来寺薬師如来二参籠シテ祈り出ス、 ト云フハ清眼僧都ノ故智ヲ襲用セラルニ過キサルナリ」と。

 

つまり本書は馬嶋流の始祖、馬嶋清眼僧都(延暦21年建立の医王山薬師寺を延文2年に再建した僧)創始の眼科が大智坊系を経て麻嶋若狭守清源、同林活、 さらに河角三郎左衛門家長へと相伝された眼科秘伝書ということであろうか。

 

 

 

 図1 『秘伝眼病療治書』 表紙

 

図2 同本 絵入り治療法

 

    図3 同本 巻末識

 

 図4 『麻嶋若狭守清源秘書』 眼病絵入り治療法  寛政10年(1798)

 

 

 

 

 

  斎藤仁男  中泉行信  中泉行史  1993