研医会図書館は近現代の眼科医書と東洋医学の古医書を所蔵する図書館です。

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今回は 眼科諸流派の秘伝書(45)

54.『大竹流眼科秘書 』です。


54. 大竹流眼科秘書

 甲賀者で知られる滋賀県甲賀群の隣に蒲生という所があるが、本書はこの蒲生の住人、鎌倉某という人が書写相伝したものだろうか、その表紙に『江州日野蒲生郡鋳物師村(現滋賀県蒲生郡蒲生町鋳物師村)鎌倉氏、天保二年辛卯四月十九日写之』とある。

 この写本は紙コヨリで綴られ、料紙は和紙19葉全1冊(24.5×17cm)の冊子装で、本文は片仮名漢字混りの和文で書かれている。本書の内容は大竹流眼科の薬物療法を伝えたもので、 その初めに丹珠散、 大真珠散、 龍脳散、明珠散、琥珀散、白雲散、龍丹膏、玉明膏等の処方を挙げている。次いで目薬製法として炉岩石、蓬砂、塩硝、寒水石、石膏、真珠、生脳、代緒石等の薬性ならびに製法を掲げ、続いてこれら薬物を用いた眼病治療について述べている。その記述の要領は以下のごとくである。

 中障ニハ始メ十七日丹珠散ヲ用ヒ其後十日計り明珠散ヲ用ヒ、其後四日ホド真珠散ヲ用テ目ノ痛ヲ止ム。

 外障ニハ丹珠散、若シ痛甚クバ間二真珠散ヲー日ニー、二度用イル。

 風眼ニハ真珠散、若シカユミナド出レバ、竜丹膏フ用イル。

 膜ニハ丹珠散、若シ痛甚クバ真珠散ヲ用イ、痛去ッテ後丹珠散ヲ用イル。

 血目ニハ龍丹膏、外障アルトキ丹珠散。

 ○(土にヽをつけた字)肉ニハ始中終丹珠散、痛甚クバ真珠散。

 ヤミ目ニハ真珠散ニ琥珀散ヲ少シ加エ湯ニトキ用イル。

 星ニハ白雲散、血有テ痛マバ丹珠散ヲ用ウベシ。

 目イボハ養生ナクテモヨキモノ。

 シノツキハ痛ナケレバ星卜同ジ、痛アラハ丹珠散、甚痛マバ真珠散フ用イル。

 月ノ輪ニハ丹珠散。

 目瘡ニハ真珠散、若シ痛止浮障(ウワヒ)ナドアラバ丹珠散ヲ用ヒヨ。

 目ヒルニハ丹珠散。

 ○(まだれに丼)眼ニハ真珠散、総テ小児ニハ真珠散ヲ用イテヨシ。

 ツキ目ニハ始終真珠散。

 マラウトニモ真珠散ヨシ。

 このように各種の眼病治療には真珠散、丹珠散がよく用いられているが、「大竹流ノー子相伝ノ方ハ龍脳散、白雲散、琥珀散ノ三方也」と特に記しているところより、この処方は大竹流にとって秘中の秘薬として取扱われたものと思われる。

 また、この流派においては中障の内薬を、男子の中障を治す沈香湯(兎絲子、山薬、蓮肉、茯苓、各1両、沈香、人参、 各1分、 菊花2分、 車前子、 塩水ニ浸ス2分、川キュウ(くさかんむりに弓)、塩酒ニ浸ス1分)と、女子の中障を治す薬、加減四物湯(當皈(=当帰)、芍薬、地黄、川キュウ、菊花、人参、山梔子、香附子、紫蘓(=紫蘇)、白芷、各等分)を挙げ、男女の浮障を治す内薬、万安湯(羗(=羌)活、川キュウ、各1両、人参、白求、前胡、荊芥、各1分、桔梗1両、芍薬、枳殻、各2分、甘草少)等、中障の内薬は男女別々の処方を拵え、万安湯は男女の浮障を治すに用いるとしているところはこの流派特有の療法であろうか。

 また、この他、本書には風毒目、膜目、痘疹目、○(やまいだれに耳の中がない文字)気等の内薬、 目の内の出来物のこと、目の灸所のこと、眼病禁物十戒(婬、酒、湯、力、行、 音、 火、 風、 白、細)等について簡単に述べている。

 この様に大竹流眼科の眼病療法は薬物療法が主として行われたものと思われるが、その一子相伝の秘法は前述のごとく龍脳散、白雲散、琥珀散等三方の処方にあった。


龍脳散:  代緒石2分、貝子5里、真珠5里、 赤石1分、石膏3分、 蓬砂少、 塩硝少、
       石決明5里、 龍脳5里、薦香5里、
琥珀散:  人参1分、生地黄1分。
白雲散:  炉岩2銭、滑石2銭

 しかし、真珠散は他へ伝えても苦しくないとして、目の痛み止めにはすべて真珠散が用いられている。

 本書が写本で伝えられたのは天保2年(1831)のことであるが、本書の後序には「宝永三丙戊孟春中旬、渡克斎」と識されているところより大竹流眼科は宝永年間(1704~1710)には一流派をなしていたことが考えられる。 したがって本書の秘法も宝永の頃から天保の頃まで一子相伝の形で次々と受継がれて来たのであろうか。こうした秘伝授受の姿も、わが国で眼科専門書として初めて刊行された『眼目明鑑』(杏林庵医生叙、元禄2年)や漢蘭折衷の『眼科錦嚢』(本庄普一著、 天保2年)等が刊行され、その平易な文章は何人にも読みやすくなったため、次第に消えて行ったのであるが、なお幕末まで一流派の秘伝を守り続ける流派もあった。本書に記された大竹流眼科にあってもそうした一端が窺える様に思われる。



主な参考文献
1)鎌倉氏:大竹流眼科秘書.天保2年(1831)写.
2)小川剣二郎:稿本日本眼科小史.吐鳳堂、1904.
3)福島義一:日本眼科全書1.眼科史。金原出版、1954.
4)中泉行正:明治前日本医学史4.日本眼科史.日本学術振興会、1964.


(1985年9月 中泉、中泉、齋藤)


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図1 大竹流眼科秘書外装。 天保2年(1831)写。



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図2  図1同書相伝識語。