2026.4.17
図1 『明治先哲醫話 』表紙
『明治先哲醫話』
今月は昭和17年10月1日に発行された『明治先哲医話』をご紹介します。太平洋戦争のさなかに刊行されたこの本は、安西安周(あんざい やすちか)が「食養と漢方」「漢方と漢藥」「日本醫學」「醫文學」などの雑誌に書いたものを加筆補正して作られたものです。安西には『日本儒醫研究』という著書もあり、国立教育政策研究所教育図書館には、彼の蔵書が「安西安周文庫」として保存されています。https://crd.ndl.go.jp/reference/detail?page=col_view&id=3000002648
その特別コレクションの紹介サイトには、安西安周について、
明治22(1889)年栃木県の生まれで、雲堂、両全堂主人と号した。医師開業免許状を受け、東京大学皮膚科撰科を卒業、日本大学医学部講師、日本医史学会理事、日本医事新報社嘱託などを務めた。
日本古医学を研究し、著書に『日本儒医研究』『明治先哲医話』『漢方の臨床と処方』などがある。
と紹介されています。(2か所変更しています)
「序にかへて」という巻頭の文章には、むくみの取れない老婆に茅根を煎じて飲ませたら直った話や、血尿が清心蓮子飲を飲んで止まったという例が出されて、東洋医学を研究すべきであるという提言があります。著者は浅田宗伯(1815-1894)の孫弟子にあたる医師ですから、実際に西洋薬以上に治療効果のある漢方薬があることを知っていたのでしょう。
目次を見ると山田椿庭(業広)、森枳園(立之)、尾台半橋、岡田復所、芳野崧山、岡田篁所、清川菖軒、服部錬霞、今村了庵、浅田栗園という医家の名前が並びますが、山田椿庭は在原業平の子孫であるとか、森立之は亡くなるひと月前、病に少康を得た折に、日本橋にてくじ引きで蔵書を譲る会を設けたとか、少し本筋から離れたエピソードも載せています。
私にとっては初めて聞くような医師の名もあり、政府が西洋医学に舵をきった後の伝統医学の世界がどのようなものであったかを知る資料になりそうです。
図2 同本 図版 浅田宗伯と今村了庵の肖像
図3 同本 序にかへて
図4 同本 目次1
図5 同本 目次2
図6 同本 目次3
図7 同本 目次4
図8 同本 目次5
図9 同本 目次6 と 本文の最初