2026.5.15
図1 『生活の中の仏教 』
『生活の中の仏教』 平川彰:著 春秋社(1966年)
現在の図書館の職についてから、自分は学生の時、有名な先生の講義を聴かせていただいたのだった、と気づきました。そのおひとりが、平川彰先生です。京都の仏教書専門の古書店に入ったところ、平川先生のお名前の本がずらりと並んでいて、自分の勉強の足らなさを反省しました。今月は、その平川先生が一般読者向けに書かれた本をご紹介します。
冒頭の部分から、私にとっては意外なことが書かれています。「戒律」の「戒」は外部から人を縛るようなものではなく、道徳のような自発的なものである、というのです。もとの意味は「習慣性」であり、その善い習慣を身につける努力が必要とされる、というのです。戒も律も何かをしてはいけないという禁止事項の羅列かと思いきや、違っていたようです。
先生の御著を読んでいると、単に学問的に仏教を扱うというより、実際に長い間人々の心の拠り所として機能してきた仏教について深く考えられていると感じます。この本でも、徳川時代以降、仏教が家の宗教として固定化されてしまったが、自己の魂の問題を生まれながらに決められることは不合理で、どの宗派の教えを選ぶかは個人の選択によるべきだ、と述べられています。生まれる前から宗派が決定されていることは、仏教集団のあり方を歪め、一般信者の自覚を失わしめた、というのです。
確かに、現代では心の病が増えています。今朝、電車の中でびっくりしたのは、全般不安症(GAD)という新しい病気がある、と広告ビデオが流れていたことです。また新しい病名がつけられるようになった、という感想を持ちました。もちろん医学の力でこれを直していくことも多いとは思いますが、もしかすると仏教がそうした部分で力になりえるのではないか、と、ふと思いました。ただし、それには本来の仏教のもっていた哲学の側面や、人生の捉え方の方法など、もう一度自分のこととして考える時間が必要なのでしょう。
平川先生のこの本はそうした自らが進んで仏教に近づいて行こうとする時に、参考になる本ではないでしょうか。
図2 同本 扉