研医会通信  138号 

   2017.1.16
 

研医会図書館は近現代の眼科医書と東洋医学の古医書を所蔵する図書館です。 この研医会通信では、当館所蔵の古医書をご紹介いたします。

今回は 『井上眼療書 巻之一 摂生篇』 です。

井上眼療書 巻之一 摂生篇

 井上眼療書は井上達也(名 維馨、号甘泉、1848~1895)氏初め、その問人によって、シリーズ的に著作された数種類の眼科専門書で、その書名には次のものが知られている。

井上眼療書 巻之一摂生篇 井上達也輯 明治11年(1878)刊

井上眼療書 内障眼手術篇(完)井上達也述 明治20年(1887)刊

井上眼療書 斜視眼手術篇(全)井上達也口述 門人筆記 明治20年(1887)刊

井上眼療書 眼底病篇図譜(上・中・下)井上達也校閲 井上達七郎編纂 明治26年(1893)刊

井上眼療書 眼底病篇図解(上・中・下) 井上達也校閲 井上達七郎纂著 明治26年(1893)刊

井上眼療書 白内障手術篇補遺 井上達也述 明治26年(1893)刊

井上眼療書 備忘録篇 井上達也撰 阿部玄四郎誌 明治27年(1894)刊

井上眼療書 検眼鏡用法 井上達也校閲 井上達七郎、山下平吉、内藤達編著 明治28年(1895)刊

井上眼療書 屈折及調節機病論 内藤達纂著 明治32年(1899)刊

(「井上眼科病院百年史」より)

 

 摂生篇は井上眼療書の中、最初に著わされたもので、その巻頭に東京大学医学部眼科掛、井上達也輯、明治11年5月21日版権免許とあり、井上達也氏が東京大学医学部在職時代の著作と思われる。

 

 本書は、その端書に「此書ヤ元卜患者二勤戒ヲ加ヒ傳者ノ注意ヲ要スル條件ヲ拳クルモノナリ、… …病床日常ノ便捷二具フ」とあり、眼病の摂生法について、その診療心得書として著わされたものと思われる。掲出本は1巻9葉1冊(18×12.5cm)よりなり、匡廓四 周双辺、無界、毎半葉10行、毎行20字詰、片仮名交り和文、木版本の和綴、匡廓欄外に内容を平易に表わす摺込みがある。その内容を項目により抄記すると以下の通りである。(カッコ内は欄外の摺込みを示す)

 

 井上眼療書 巻之一、摂生篇

(みもちのあしきより、めやみとなる、ゆへにみもちは大切なり)

原因療法 禁忌第一、機械的障害

(さんもつをつつしまざるより、 さわりとなることあり)

 

1、眼部疼痛スルカ為二眼瞼ヲ摩擦シ或ハ羞明ヲ避ケント手掌ヲ以テ眼上ヲ圧スル等

(めをつよくこすることなかれ)

 

2 塵埃ハ殊二結膜嚢及ヒ角膜ヲ刺戟ス等

(ごみや、 けむりのなかはなるたけさくべし)

(ごみよけめがねを用ゆべし)

(しゃ、 またはくろき、ろのめふたはめがねにまさるものなり)

 

禁忌第二 舎蜜的害物ヲ別テ四種

 

1 眼瞼及ヒ結膜嚢炎ハ不潔物ノ為二発起スルコト多シ。

2 誤治

3 諸種ノ刺戟性蒸発物二接スル職業、腐敗食餌ヲ放置スル所ハ避クベシ。

4 煙草ノ類此レ眼二劇甚ノ刺戟アル者ニシテ最巨害ナリ。

(手足のよごれたるはおりふしあろうべし。また、もてあそびもの、 よごれたるは、用ゆなかれ)

(くすりの用ひすぐしやまちがひなきよくすべし)

(くさきところ、 また、 しばいなどあまたの人のあうはきろふべし)

(たばこのけむりはさわるゆへに人用ゆるも一所におこることなかれ)

 

禁忌第三

1 風、刺戟性アル眼ニハ妨碍ヲナス

(風はあしきものゆへ、めふたを用ゆべし)

2 熱、火カヲ要スル仕事ヲナスベカラス

(火をもちゆることはいむべし)

3 冷、深層部ノ疾患アル者ハ冷二由テ大害ヲ誘発スルコトアリ

(あまりさむきところは目にさわるなり)

4 急激ナ温度ノ高低アルヲ禁ス

(にわかにひやし、あるひはきゅうにあたたむるはあしく)

 

禁忌第四、光線ノ強激ナルハ甚夕恐ルヘシ

(あかりのつよきところはくろきめふたをかけるべし)

1 室内ハ鼠色か藍色ノ幕ニテ適宜幽暗ナラシムヘシ

(ねずみいろのまくにてはりきりくらきをよしとす)

2 ランプノ笠ハ通常氷柱状ニシテ鼠色ノ厚紙夕用ウヘシ

(ランプの笠はねずみいろのあつがみにてよし)

3 光ノ強キトコロハロノ上ニヒサシヲ用ウヘシ)

(ひかりのつよきところはめのうへにひさしを用ゆべし)

4 絽紗面覆ハ刺戟ヲ防禦スルノ良品ニシテ鼠色、黒色ヲ用ウヘシ

(くろき、志や、 またはろのめふたはよろし)

5 保護鏡ハ煙色ヲ最良トシ、藍色カコレニ次ギ、緑色ハ用ユ可ラス

(めがねはたいらにして、ねずみいろのもの、 またはあいいろのものをもつべし)

 

禁忌第五

機械的害物中特二諸物ヲ熟視セント欲シテ視カヲ労スルハ甚害アリ

(ひさしくものをみることはめにさわるなり)

血液循行中面部二血液ノ輻湊スルコトヲ忌ム

(おもきめやみは、せき、 く志やみをなるたけさけるべし、 うたはよろしからず)

食物

不消化物及ヒ辛烈ノ者其他慣習セサル食物ヲ忌ムヘシ

(くいものはこわきもの、 また、 とうがらしのるいは用ゆべからず)

飲料酒類ハ巨害ヲ将来スルコト多シ、必ス禁戒スヘシ。外障眼二禁戒スヘキモノ、苅、煙、視、酒、

内障眼ニ在テ戒心スヘキモノハ酒、視ナリ (あしきものをつまんで云へば、ほこり、けむりのめにいり、また、 ものを久しくみること、 さけをのむことなり)

(そこひはまったくくらくし、 ものをみづして、さけをきんずべし)

 

このように本書には酒、煙草が眼に巨害を将来することを明治の初めに指摘し、その禁戒を説いていることに感服する。

 

本書はかように医師が患者に勤戒の指示を与える際、その最も注意すべき眼病に対する摂生法が述べられている。謂ば眼科臨床医向に書かれた日常診療備忘録とみることができる。

 


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図1 井上眼療書 巻之一 摂生篇 表紙



図2 図1 同書 内表紙


図3 図1 同書 巻頭


主な参考文献

・福島義一 日本眼科全書1. 日本眼科史、159、金原出版、東京、1954
・馬詰嘉吉 恩師井上誠夫先生: 金剛出牌東京、1971
・宇山安夫 わが銀海のパイオニア. 千寿製薬、大阪、1973
・井上治郎 井上眼科病院百年史. 中央公論、東京、1983