明治初期の眼科はその新知識を欧米の眼科に頼らざるを得なかったが、明治16年(1983)以降、わが国からの欧州留学者が次第に帰国するに至り、 ヨーロッパ眼科の直接輸入と彼ら自身による眼科書の翻訳も大いにすすめられた。
本書はこうした時期にその先進眼科書を基に保利眞直氏(佐賀の人、陸軍々医、1860~1929)により実用に適する教科書として著わされた。 本書の緒言によれば、此書の原稿は保利眞直氏が曽て私立済生学舎(明治9年4月~明治36年8月開校)の生徒に講授したものといわれ、グレーフェ及びゼーミッシェ氏眼科叢書、ステルワーグ氏、 シュワイゲル氏、チェーヘンデル氏、 クライン氏、 ミッヘル氏、マイエル氏及びシュミット・リンプレル氏等の諸眼科学講本、アルト氏眼科病理解剖、 シュワルベ氏組織解剖学、ゴルドラーヘル氏眼科治療書、 ミッヘルス氏眼療書、 クニース氏眼科提綱、ヘルデンク氏眼科摘要、マウトネル氏眼科講演筆記、同氏屈折機論及び検眼鏡用法、 コーン氏色盲論、 ドンドルス氏屈折機論等の諸書を参考にして、その要を摘み、傍らグレーフェ氏眼科学宝函、クナップ及びシュワイゲル氏眼科学宝函、チェーヘンデル氏眼科学雑誌、 ヒルシュベルグ氏中央眼科雑誌等を渉猟抜萃して、いわば西欧諸大家の著わした諸書の中より実用に適するものを生徒に授けるために著した眼科書であるといわれている。
本書は第1巻が明治23年(1890)10月、第2巻が同24年(1891)、第3巻が同25年(1892)8月にそれぞれ著者蔵版にて島村利助、丸善等より出版された。
本書の内容は各巻の項目により抄記すると以下の通りである。
巻1(238頁 挿図35)
第1編 結膜諸病 解剖要領 結膜診断法
第1章 結膜充血
第2章 結膜炎
第3章 翼状贅片
第4章 結膜乾燥症
第5章 瞼球癒着症
第6章 結膜下溢血
結膜下浮腫
淋巴管拡張症
結膜下気腫
第7章 結膜損傷
第8章 傳染性肉芽性潰瘍及腫瘍
第9章 結膜腫瘍
巻2(239頁~543頁 挿図36~95)
第2編 角膜病篇 解剖要領 角膜診断法
第1章 角膜炎
第2章 角膜困濁
第3章 角膜拡張症
第4章 角膜腫瘍
第5章 角膜損傷
巻3(545頁~816頁 挿図96~164)
第3編 鞏膜諸病
解剖要領
鞏膜診断法
第1章 鞏膜炎
第2章 鞏膜損傷
第3章 鞏膜拡張症
第4章 鞏膜腫瘍
当時、眼科学が大いに進歩して行く中、その進度に応ずる詳密な良書を望む者が益々多くなっていたが、本書はその希望を充すために発行された最新の眼科書であつたと考えられる。特にその解剖、組織、生理、病理、徽菌等の諸学にかかる新発見は細大洩さず、 しかも最も実用に適するように述べられたもので、当時、世間に流行していた、所謂摘要的な小冊子とは大いに異なった良き教科書であったと解される。しかし、保利眞直氏は明治32年(1899)12月発行の『小眼科学』の序に次の如く述べている。
「……頃日又各地ノ眼科医諸君ヨリ予ガ先著眼科学ノ完成ヲ迫ルコト急ナルニ会ス……姑ク近今泰西ノ良眼科書ヲ翻譯シテ読者ノ希望二応へ、 自著ハ徐ロニ研鑽ヲ終リテ後世二公ニスヘキノミ……予ガ自著ハ浩瀚ノ大眼科学タラシメント期スルガ故二完成ノ期ハ豫メ言フ可カラスシテ遂次各篇ノ発行モ亦年月ヲ概定スルコト能ハス。要スルニ他ノ拘束ヲ避ケテ完壁ヲ期セント欲スルモノナリ.故二小中ノ眼科学ハ姑ク之ヲ泰西眼科書中特殊ノ長處ヲ現ハセル有益ノ書ヲ撰澤シテ之ヲ詳述セント欲シ、先ツジレッキス氏眼科学ヲ以テ小眼科学二撰定セリ、又、中眼科学二至テハ更二適当ノ書ヲ撰定シテ以テ之ヲ公ニセントス」
つまり、保利眞直氏自著の『眼科学』はグレーフェ氏、ゼーミッシュ氏眼科全書の如く浩瀚な大眼科学の成書を企画したが、講習および実地の指導書となるべき小眼科学、中眼科学の著わされることを懇請するものが頗る多くなったため、 ジーレックス氏眼科学、 ホシウス氏眼科学を翻訳して『小眼科学』『眼科学全書』(中眼科学)として公にしたものと思われる。(以下、次号)
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図1 眼科学(巻1~3)表紙 保利眞直簒著 明治23~25年刊
図2 図1同書 内表紙
図3 図1の二巻にある 石黒忠悳:叙
図4 小眼科学 扉 Silex 原著 保利眞直 直訳補 明治32年
図5 図4 同書 巻頭
中泉、中泉、斎藤