研医会通信  151号 

 

 2018.1.15
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研医会図書館は近現代の眼科医書と東洋医学の古医書を所蔵する図書館です。
この研医会通信では、当館所蔵の古医書をご紹介いたします。

今回は 『眼科学 伴野先生講義 』  です。

『眼科学 伴野先生講義』 

  明治4年(1871)東京大学医学部にドイツ医学が導入されてから、その講義はほとんどドイツ語で行なわれたが、明治10年前後の地方の医学校においても外国人教師の講義には通訳がつく授業もあったようである。しかし、通訳つきではいろいろ不都合なこともあって日本人教師の国語による講義が次第に行なわれるようになった。掲出の眼科書はその第1頁に 「伴野秀堅先生回述安澤龍作 筆記眼科学 全」と識され、年代は明らかでないが明治期の眼科学講義の医学生ノートとみられる。 

 伴野秀堅氏は安政3年(1856)1月10日に生れ、静岡の人で、明治13年(1880)に東京大学医学部を卒業され、同年金沢医学校教諭に就任、同15年(1882)、須田哲造広島病院長が東京大学医学部助教授に就任されたため、その後任として広島医学校兼病院長に就任、後、海軍軍医、軍医大監を努められた。

 『金沢大学医学部百年史』(昭和47年刊)によれば、その「金沢医学校」の項に次の様に記されている。

 「明治十三年四月、 ドイツ人ロ―レッツが来て八月までドイツ語で講義し、 ドイツ医学の嚆矢となっている(大井玄洞がその通訳をした)が、彼が山形病院に去るとともに、医科大学の卒業生、外山林仆、伴野秀堅の両医学士が教諭として来校した…」 また、 「明治十三年二月、田中信吾は東京から帰県し、学則および学科の改正を行なった。医学館が五年制、医学所が六年制としたのに、ここでは第一条にのべているごとく、 “実地修業”、“医術速成”の目的で四年制と短縮し、国語をもって教育する学校として発足した。そして、東京大学医学部第二回卒の医学士伴野秀堅、外山林仆を招いて外人に代る役目を果すことを期待した。」 

 これらの記述から伴野秀堅氏は明治13年に東京大学を卒業すると、その年に金沢医学校に教諭として赴任されたことが窺える。しかし、伴野教諭は 「二年足らずして金沢を去り」 といわれており、明治15年(1882)には須田哲造広島病院長の後任として広島病院兼医学校長に就任している。 

 こうしたことからこの眼科学講義筆記は金沢医学校か広島医学校の何れかにおける伴野秀堅教諭の講義を生徒の安沢龍作氏が筆記したものと思われる。

 この講義筆記はB4判のリコピー(原本は東京慈恵会医大眼科学教室蔵)で、頁数にして394頁よりなり、挿絵入り漢字、片仮名交りの和文で、毛筆様のものにて書かれている。内容は屈折に始まり義眼の項にて終っているが、その主な項目を抄記すると以下の通りである。

伴野秀堅口述 安沢龍作筆記 眼科学 全

  屈折 調節 色神 色盲 検眼鏡 近視眼 遠視眼 乱視眼 老視眼 左右屈折ノ違常 調節麻痺 調節座攣
眼球運動 眼筋麻痺ノ診断 斜視眼 斜視眼ノ治療法 斜視ノ手術式 角膜病 虹彩ノ疾病 毛様体ノ疾病
網膜病 視神蚤疾病 視器官能違常水晶体疾患 白内障手術式 眼球振盪 睫毛病 マイボーム氏腺疾患
霰粒腫 眼瞼内飜症 眼瞼外飜症 眼瞼成形術 涙器疾患 涙腺ノ疾患 涙管疾患 涙嚢炎 強膜 結膜炎
翼状贅片 義眼

 各疾病については主にその原因および治方が記されている。 明治12~3年頃の金沢医学校においては眼科学の教科書は東京大学医学部教授シュルツェ氏講本に拠り、参考書にはマイエル氏眼科学、 シヴァイゲル氏眼科各論、ステルヴァーグブオン、カリオン氏眼科書、ベッケル氏眼目病理的局処解剖図譜、エーゲル氏検眼鏡論、医科全書眼科篇、榊椒訳纂眼科学等の書を用いた(『金沢大学医学部百年史』)といわれ、金沢医学校も中央の影響を受け、東京大学の卒業生が教諭として招かれ、国語で請義が行なわれていたようである。

本書は明治10年前後の金沢医学校等地方の医学校における眼科学講義の内容の一端を窺い知ることのできる大事な資料と思われる。

 

 

主な参考文献

鈴木要吾:  明治10年前後の日本医学界。 ベルツ博士記念会、 1936  
金沢大学医学部:  金沢大学医学部百年史。  64、 72、金沢大学医学部、金沢、1972 
小関恒雄:  明治初期東京大学医学部卒業生動静一覧(一)、日本医史学雑誌33(3): 317 日本医史学会、東京、1987  

  

 

 

  

 今回取り上げた資料は所蔵しておりません。原本は東京慈恵会医大眼科学教室蔵(1991年当時の情報です)

 下記に掲出した画像は1991年当時に当図書館が入手したコピーです。

  

    図1  眼科学 屈折篇初め。

       伴野秀堅口述。 安澤龍作筆記。

 

 

 

 

中泉、中泉、斎藤 1991