研医会通信 195号 

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この研医会通信では、当館所蔵の古医書をご紹介いたします。

2021.7.27

今回は 幕末における木活字版私刊医書  です。

 幕末における木活字版私刊医書

 

 江戸末期の木活字版印刷は、寛政11年(1799)、幕府の開版事業が昌平坂学問所において行われるようになってから、各藩、各私塾などで盛んになった (川瀬一馬:著『古活字版の研究』)。

 幕府は伝統医学を固守するため蘭学者を圧迫し、翻訳書の出版を統制した。『日本洋学編年史』(大槻如電:原著、佐藤栄七:増訂)などによれば、幕府の蘭学抑制策として次のような項目が記述されている。

 天保11年(1840)5月27日

   幕府は江戸町奉行に命じて市中の売薬の看板やチラシに蘭語、洋字を用いることを

   禁じ、一般人の蘭書取扱を注意せしむ。

 天保12年(1841)7月

   大坂町奉行は高良斎が翻訳公刊した『駆梅要方』の一般販売を禁止。

 天保13年(1842)6月10日

   翻訳書の出版は医学館の検閲を経て、町奉行の許可を受けせしむ。

 弘化2年(1845)7月25日

   幕府は、蘭書の翻訳物出版をすべて天文台の許可を受けるようにした。(町奉行から

   天文台へ移管)

 嘉永2年(1849)2月15日

   幕府は外科・眼科を除き、医官の蘭方を行うを厳禁。

 同年9月26日

   蘭書翻訳をさらに取り締まり、医書の出版はすべて医学館の許可制とする。

 嘉永3年(1850)9月21日

   長崎奉行に命じて輸入洋書を検閲させ、みだりに所持、翻訳することを禁止。

 安政3年(1856)5月17日

   幕府は、令を発して諸人所蔵の洋書類はすべて蕃書取調所において翻訳させ、新規開

   版の洋書および翻訳書は蕃書取調所にて検査させる。

 このように幕府の蘭書抑制は厳しく、出版の自由は極めて圧迫された時代であった。

 

 こうした蘭書圧迫時代下においては医書の出版も思うようにできなかった。そこで各地で密かに出版が行われるようになった。これがいわゅる木活字版印刷である。もっとも近世初期の文禄年間(1592~1585)における朝鮮活字印刷術の伝来から寛永年間(1624~1643)に至る活字をもって印刷された書籍は、わが国の印刷文化史上、一時期を画して「古活字印本」あるいは「古活字版」といわれ、整版や近世木活字版とは区別されている。

 本活字版は木活字を1つの枠に組んで、必要な部数だけ印刷し、刷り終れば直ちに解版して証拠を残さないというような便利さがあり、幕府の蘭書抑制策下に盛んに行われたものと思われるが、今日この木活字版私刊本翻訳書などの全貌を知ることは不可能である。

 

 筆者らが調べた医書の一部を挙げると、以下のものがある。

 

『医海蠡測』鈴木良知:著 天保5年刊

『医墨元戒』王好古:著 弘化4年刊

『医方類聚』梁誠之等:撰 喜多村直寛:校 学訓堂 文久元年刊

『医方淵源考』喜多村直寛:著 安政2年刊

『医方啓蒙』喜多村直寛:著 明治6年刊

『医療精義徴候篇』護爾:原本 石川遠明卿:訳 弘化年間刊

『陰虚本病』御薗意斉:編

『越狙薬誌』喜多村直寛:著 嘉永3年刊

『淵淵斎方面』小林蒲渓:口授 弘化2年刊

『御薬院方』許国禎等:編 寛政10年刊

『金匱玉函経』(宋〉趙以徳衛義 〈清〉周楊俊:補註

『金匱玉函要略疏義』喜多村直寛:著 文久元年刊

『金匱要略正義』〈清〉朱光被 江戸刊

『金匱正辨』馬場北溟:著 文政13年刊

『奇魂 附録 備急八薬新論翼』佐藤方定:著 安政4年序刊

『豹斑録 医説部』奈須恒徳:序 文政年間刊

『経方楢量略説』喜多村直寛:述 嘉永7年序刊

『経験方』〈元〉沙図穆蘇:撰 (明〉高濂:校 瑞竹堂 寛政7年刊

『外科新験』林洞海訳:著 嘉永2年序刊

『外科大成』〈清〉祁坤 寛政8年刊

『皇国医系』万年礫山 文久元年刊

『黄帝内経素問』〈宋〉史崧:校 江戸刊

『黄帝秘伝経脈発揮』饗庭東庵:著 万治刊

『古方括要』古矢知白著 天保。弘化年間刊

『コレラ病論』新宮涼民 大村達吉等:述 安政5年刊

『済生三方 附医戒』扶歇蘭度(フーヘラント):原著 杉田成卿訳 文久元年刊

『雑病補亡論』服部方行:輯 浅田宗伯:校 安政3年跛刊

『雑病弁要』浅田宗伯:著 安政4年刊

『雑病広要』多紀元堅:著 慶応2年、安政3年刊

『小児全書 内病部、外病部』布敏吉(プレンキ):原著 新宮涼民・涼閣:重訳 安政4年刊

『傷寒括要』(明〉李中梓撰 (清〉朱陶性:校 清刊

『傷寒論』(漢)張機:撰 〈晉〉王叔和:編 江戸刊

『傷寒論弁正』中西惟忠:著 寛政2年刊

『傷寒論割記』喜多村直寛:著 江戸末期刊

『傷寒論疏義』喜多村直寛:著 嘉永5年跛刊

『傷寒論韻語図解』岡田静安:著 文政13年刊

『傷寒水火交易国字弁』金古景山:著 弘化4年刊

『晋唐名医方選』喜多村直寛:編著 安政2年刊

『重修本草綱目啓蒙(35巻)』小野蘭山:口授 小野職孝:録 梯南洋:補正 天保15年刊

『聖済総録(大徳重校)』〈宋〉政和中勅撰 〈元〉甲甫等:校 文化刊

『西洋医説弁』櫂田直助:著 安政刊

『孫真人大医習業講義』喜多村直寛 嘉永。万延年間刊

『多疾彙箋』喜多村直寛:著 文政11年刊

『単方彙箋』和爾忠胤 万延元年序刊

『屠蘇方考』喜多村直寛 安政3年序刊

『童子養生鏡(八百一代記)』武州鷲ノ宮玉仙斎 江戸後期刊

『日講記聞東校官版』

『病因問答』古矢知白:述 弘化4年刊

『病根精義弁』金古景山:著 弘化3年序刊

『棒心方』中川子公:著 寛政12年刊

『蘭軒医談』伊沢蘭軒:口授 安政3年刊

『痢病論 附麻疹略論』石黒忠恵:訳述

『療治瑣言 前編3巻』新宮涼庭:口授 天保13年序刊

『類證辨異全九集』月湖:編繹 文政元年刊

『霊枢識』多紀元簡:著 文久3年刊

『遊相医話』森立之:著 文久4年刊

 

 これら木活字版医書のうち『類證辨異全九集』は月湖(明監寺、潤徳斎)により中国、明代の景泰3年(1452)に著されたと伝えられる原本(漢文体、全4巻)をもとに、文政元年(1878)に奈須恒徳(柳村、1774~ 1841)の序、田澤仲舒校をもって木活字版(4巻)として出版されたものであるが、本書はそれ以前に曲直瀬道三(一渓、翠竹斎 1507~1594)により増補改訂され、和文体の『類證耕異全九集』(7巻)として元和から寛永年間にわたり数種類の古活字版や整版となって出版された。

 

 この月湖の『類證耕異全九集』と道三のそれとを内容と巻数についてみると、以下のとおりである。

月湖: 類證辨異全九集 全4巻

   巻1(上下)各病気の証状の説明

   巻2     薬味の調合の説明

   巻3        診脈と鍼灸の説明

   巻4(上下)病気についての治療法の説明

道三: 類證耕異全九集(全7巻)

   巻1    診脈のこと

   巻2    薬味のこと

   巻3~6 各病気の証状と治療法

   第7    灸治、運気のこと

          (柳田征司解説 類証耕異全九集)

 

 本書の眼科部門は、月湖の全九集(木活字版)第4巻(下)、道三の全九集(和字古活字版)第5巻に、それぞれ所載されている。

 眼目門には五輪の論を掲げ、眼目の治方に二妙散、洗肝湯、瀉肝散、撥雲散、杞苓丸、地黄散、細辛飲、明眼地黄円、荊芥散(月湖全九集)、龍脳散、真珠散、珍珠散(道三全九集)などの処方が挙げられている。当時これらの薬物が眼病の治療に用いられていたことがうかがわれる。

 

 このように、木活字私刊本は幕府の蘭書弾圧下にあって蘭方医書の翻訳とその普及のため多くの医家たちによって出版され、やがて活字印刷に直結するのであるが、 この近世木活字版が近代式活字印刷へ移行、進展しはじめたのは本木昌造(字は永久、号は梧窓。1824~1875)らの手によって活字が自由に鋳造されるようになってからである。

 

 

 

 

主な参考文献

佐村八郎: 図書解題. 吉川弘文館 1909

古賀十二郎: 本木昌造先生略伝. 頌徳会、1934

庄司浅水: 世界印刷文化史年表. ブックドム社、1936

禿氏祐祥: 東洋印刷史序説. 平楽寺書店、1951

石原 明: 日本の医学〈日本歴史新書〉. 至文堂、1955

中泉行正: 我国医学の発展と全九集. 綜合医学, 15巻9号、1958

坂本太郎: 日本史小辞典. 山川出版社、1959

大槻如電:原著、佐藤栄七:増訂 日本洋学編年史. 錦正社、1965

川瀬一馬: 増補古活字版の研究(11)

The Antiquarian Booksellers Association Japan、1967

中野 操: 増補日本医事大年表. 思文閣1972

柳田征司: 類証辨異全九集. 勉誠社、1982

小曽戸洋: 中国古典と日本. 塙書房、1996

小曽戸洋: 日本漢方典籍辞典. 大修館書店、1999

 

 


    図1 『コレラ病論』安政 5年刊

 

  図2 『コレラ病論』扉

 

  図3 『コレラ病論』巻頭 

 

 

 図4 『傷寒論剳記』江戸末期刊

 

 

       図5 『傷寒論剳記』巻頭

 

  図6 『類證弁異全九集』表紙

 

  図7 『類證弁異全九集』眼目門 文政元年刊

  

 

 

 

 

 

  斎藤仁男  中泉行信  中泉行史  2001