2021.9.29
今回は 眼の解剖図についてのご紹介です。
「解剖新図」にみる眼の解剖
明治5(1872)年に『解剖訓蒙』が出版され、同7(1874)年から同8(1875)年にかけて、阪から米国の解剖書の翻訳『解剖新図』(図1)が出版された。今回はその眼の解剖部分について紹介する。
この『解剖新図』は別名“人身地学"と記されていて、アナトミカール・アトラス、即ち解剖の地図という意味であるといわれている。米国、ペンシルバニアの賢理斯士(ヘンリー・スミス)の著書(1867)を浦谷義春が訳述(1873)したもので、掲出本は明治7年(1874)から同8年(1875)に出版されたものである。
本書の訳述者の題言によれば、「・・・コノ解剖図ヲ閲スルニ其精密ニシテ、且、至要ナルヲ以テ、欣然此ヲ求メ、訳シテ『解剖新図』卜題シ、世二公ニシテ、初学二供シ、聊カ其模写ノ労ヲ省ク…」と認され、初学の人の為にこの精密にして至要な解剖図を訳述したとしている。また、凡例によれば、本書には、解剖及組織学専門教頭、維庶忽爾涅児(ウイルレム、ホルネル)著の解剖書本篇の図画を全備し、顕微鏡検査、組織解剖は大医費解剖博物館及微斯答児(ウイスタル)展覧場にある精図を模写し、虞列乙(グレイ)、葛(華)韻(クエアイン)などの解剖書の図を補入したと記されている。
本書は、折本装の2冊(26×17 cm)よりなり、上段に図、下段に図説を配した銅版着色の図版である。
第1冊は36折で、第1図(大人骨幣前面)より第219図(脛及足筋之部、足〇(足+鹿)筋の深層)まで、第2冊は59折で、第220図(消化器)より第634図(下肢神経之部、脛後神経の足〇(足+鹿))が掲げられ、このうち“眼"は第558図より第583図があてられている。
“眼"は2部に分れ、眼ノ部、第558図より第565図、眼球ノ部、第566図より第583図で、各図に簡単な図説ならびに各部名称の記号を以下のように示している(挿入図参照)。
眼ノ部(図2)
第558図 左眼ノ前面
①~⑨
第559図
左眼ノ側面ニシテ上眼瞼ノ睫毛ノ上方二凹円シ而下眼瞼ハ下方へ凹ミ眼球ノ全凸円形ヲ認メ視ル
第560図 眼瞼及ビ涙腺ノ後面
①~⑦
第561図 眼瞼後面ニシテ眼瞼腺ヲ詳細ニ顕ス為二顕微鏡ニテ視ル
①~⑨
第562図 涙腺ノ形状及ビ位置ヲ示ス
①~⑥
第563図 右眼窠ノ外方ヨリ取ル眼球ノ筋ヲ示ス
①~⑭
第564図 全眼球ノ側面
①~⑧
第565図 眼球ノ縦断
①~⑯
眼球ノ部(図3、図4)
第566図 眼球ノ地平断
①~㉛
第567図 眼球横断ノ前裁部ニシテ内方ヨリ見ル
①~⑤
第568図 眼球横断ノ後裁部ニシテ内方ヨリ見ル
①~⑤
第569図 脈絡膜ノ血管二注射シタルモノヲ示ス
①~⑩
第570図 脈絡膜ノ静脈ニシテ血液ヲ以テ拡張セシメタルモノヲ示ス
第571図 脈絡膜二聯合シタル虹彩ノ前面
①~⑪
第572図 水晶体並其帽共網膜ノ前ヨリ視ル
①~④
第573図 水晶体卜聯合スル網膜ノ外面
①~⑥
第574図 第六個月胎児ノ左眼ヲ顕微鏡ニテ直径二度二結膜ノ血管ヲ見ル
①~④
第575図 嬰児網膜ノー部血管二注射シテ顕微鏡直径二十五度ノ大サニ照スモノ此図
下二見ル小片ハ其形ヲ示スモノナリ
第576図 虹彩前面ノ裁片ニシテ其血管二注射シ顕微鏡ニテ二十五度二見ル
①~⑦
第577図 第八個月胎児ノ硝子液及水晶体ノ側方百〇(鬼+力)管(ベッツ管)方向ヲ示ス
①~⑦
第578図 大人水晶体ノ前面
第579図 第八個月胎児水晶体前面ヲ顕微鏡ニ照シ其全形ヲ三片二分テ視ル
第580図 大人水晶体ノ側面
①~③
第581図 第七個月胎児ノ脈絡膜虹彩及瞳子膜二強ク注射シテ顕微鏡四度ニテ其前面
ヲ視ル
①~⑦
第582図 胎生六個月半嬰児ノ虹彩及瞳子膜脈管二注射シテ強カノ顕微鏡ニテ前面ヲ
視ル
①~⑥
第583図 第582図ノ後面ニシテ、又一等強キ顕微鏡ニテ瞳子膜ノ破裂シタル者ヲ見ル
本書は前述のように、 19世紀半頃の米国における解剖諸図を採り入れた総合的解剖図を訳述したもので、眼の解剖図も大人の眼解剖から胎児の顕微鏡下眼解剖までくわしく載っている。明治初年ドイツ国やオランダ国の解剖書からの翻訳に代わってやや多くなってきた英米書からの翻訳として、当時の日本の解剖学界に一種の新風を吹き込んだ貴重な資料となったものと思われる。
主な参考文献
1)小川鼎三: 明治前日本医学史 第1巻.日本解剖学史第1巻. 日本学士院、1955
2)藤井尚久: 明治前日本医学史 第5巻. 本邦医事文化年表日本学士院、1957.
図1 『解剖新図』表紙
図2 同書 扉
図3 同書 眼球の部分1
図4 同書 眼球の部分 2
図5 同書 眼球の部分 3
斎藤仁男 中泉行信 中泉行史 2002