研医会通信 200号 

研医会トップ 研医会図書館眼科
漢方科交通案内法人情報

研医会図書館は近現代の眼科医書と東洋医学の古医書を所蔵する図書館です。
この研医会通信では、当館所蔵の古医書をご紹介いたします。

2021.12.28

今回は 「『太平聖恵方』所載の眼病名の種類」です。

『太平聖恵方』所載の眼病名の種類

 

 中国・北宋(960~1127)を代表する医学全書といわれる「太平聖恵方」には刊本、写本、伝抄本など幾種類もあるが、完本として現存するものは数少ないようである。筆者の手許にあるものによって、その眼病名の種類を列挙してみた。

 

 本書は宋の大宗が自ら有効な処方千余首を集め、さらに太平興国3(978)年に医官院をして世の家伝の処方一万余首を集めさせ、王懐隠ら4人に命じて分類編次させ、淳化3(992)年に完成した大著であるといわれている(『医学に関する古美術聚英』1955)。

 

 わが国には南宋の紹興17(1147)年に中国・福建路轉運司が淳化3年版を元に重刊したものが伝えられているといわれている。『多紀氏の事蹟』(森潤三郎)には以下のように記述されている。

 

 寛政4(1792)年、元悳、尾張家所蔵、宋版太平聖恵方百巻ヲ写シテ上リシニヨリ縮緬五巻ヲ賜フ、尾張家蔵太平聖恵方ハ経籍訪古志ニヨレバ南宋槧本デ、版本ノ存スルモノ五十巻、他の五十巻ハ宋本ニヨツテ筆写補足シタモノ、毎巻末二「金澤文庫」ノ印卜、巻首二「御本」ノ印ガアルトイフ、即チ家康ガ駿府城中二貯エタ書籍ノー部デ、ソノ薨後、尾張、紀伊両家二分與セラレタモノノーツデアル。

 

 掲出本は刊本(巻1~巻20)10冊、写本(巻21~巻100)35冊よりなるが、刊本は整版、左右単辺、上下双辺匡郭、毎半葉10行有界、毎行22字詰、版心: 書名、上魚尾、巻数、丁数、漢文体、4針和綴(26×18.5cm)、原装表紙(紺色)、摺題簽。写本(薄葉楮紙)は無匡郭、無界、毎行字数不定、漢文体、5針和綴(32×22.5cm)、原装表紙(紺色)、摺題箋簽。なお、写本の数冊の巻末には「施薬院使花押」「典薬頭花押」「多紀氏蔵書印(朱)」などがみられる。また、第100巻巻末にはこの写本の作成経緯を説明した跛文および識語

 「以半井殿家本書写之詑頼量昔永正十三年五月五日典薬頭花押」

 「寛政六年甲寅秋九月 日 東都法印侍醫兼督醫学事臣丹波元悳再拜謹識」

などが記されている。

 

 以下掲出本の各冊と巻数および眼病門との関連項目を列挙する。

 

〔刊本〕

第1冊: 序目

太平聖恵方序 天明元(1781)年辛丑 大垣守屋元恭撰

刻太平聖恵方序 天明4(1784)年甲辰 半井新太郎

重刻聖恵方序 天明4(1784)年甲辰

医学院 法印黄山畑柳安惟和謹撰

御製太平聖恵方序

重刻太平聖恵方凡例 江馬元恭識

太宋新修太平聖恵方 100巻排門目録

 御製序   1首

 凡    1690門

 序論共  120首

 病源   1433首

 方都計 16834道

第2冊: 巻1~巻2

 宋 王懐隠、王祐、鄭奇、陳昭遇等奉勅編録

 日本 濃湯 春齢菴馬元恭訂梓

 第3冊から第10冊までの構成は次のとおり。

 第3冊(巻3~5)

 第4冊(巻6~7)

 第5冊(巻8~9)

 第6冊(巻10~12)

 第7冊(巻13~14)

 第8冊(巻15~16)

 第9冊(巻17~18)

 第10冊(巻19~20)

 

〔写本〕

 第11冊から第35冊までは写本で、各冊の構成は次のようになっている。

 第11冊(巻21~23)

 第12冊(巻24~25)

 第13冊(巻26~28)

 第14冊(巻29~31)

 第15冊(巻32~33)

 第16冊(巻34~36)

 第17冊(巻37~39)

 第18冊(巻40~41)

 第19冊(巻42~45)

 第20冊(巻46~48)

 第21冊(巻49~51)

 第22冊(巻52~55)

 第23冊(第56~58)

 第24冊(巻59~60)

 第25冊(巻61~65)、

 第26冊(巻66~68)

 第27冊(巻69~71)

 第28冊(巻72~74)

 第29冊(巻75~78)

 第30冊(巻79~81)

 第31冊(巻82~84)

 第32冊(巻85~88)

 第33冊(巻89~93)

 第34冊(巻94~97)

 第35冊(巻98~100)

 

 このうち第15冊(巻32~巻33)が眼科、第33冊(巻89)が小児眼科で、それぞれの眼病の

治法などは以下のように記述されている。

 

 第32巻: 凡24門、論1首、病源21道、方共計250道

1.眼論 1首

2.治眼赤諸方

3.治眼胎赤諸方

4.治赤爛諸方 18道

5.治熱毒攻眼諸方 11道

6.治丹石毒上攻眼目諸方 10道

7.治眼生努肉諸方 15道

8.治眼生瘡諸方 9道

9.治眼澁痛諸方 13道

10.治眼眉骨及頭疼痛諸方 8道

11.治眼瞼垂腫諸方 7道

12.治瞼腫硬諸方 4道

13.瞼鈎割針鎌法 1道

14.治眼風赤諸方 15道

15.治眼暴赤諸方

16.治眼赤腫痛諸方 12道

17.治風毒攻眼諸方 11道

18.治遠年風赤眼諸方 14道

19.治眼風涙諸方 17道

20.治針眼諸方 7道

21.治目痒急諸方 11道

22.治眼晴疼痛諸方 8道

23.治瞼生風粟諸方 3道

24.治眼摩項膏諸方 6道

  第33巻: 凡25門、論2首、病源23首、方共 計237道

1.眼内障論 1首

2.開内障眼論 1首

3.治眼内障諸方 22道

4.治眼青盲諸方 12道

5.治眼雀目諸方 8道

6.治眼卒生翳膜諸方 17道

7.治眼生層翳諸方 14道

8.治眼生丁翳諸方 8道

9.治眼生花翳諸方 14道

10.治眼遠年翳障諸方

11.治眼赤脈衝貫黒晴諸方 7道

12.治眼血灌瞳人諸方 6道

13.治眼生珠菅諸方 7道

14.治眼白晴腫脹諸方 9道

15.治眼珠子突出諸方 5道

16.治蟹目諸方 4道

17.治眼偏視諸方 6道

18.治墜晴諸方 6道

19.治眼膿漏諸方 5道

20.治斑豆瘡入眼諸方 7道

21.治眼〇(目+充)々音范諸方 12道

22.治眼見黒花諸方 6道

23.治眼昏暗諸方 28道

24.治眼被物撞打着諸方 6道

25.治眯目諸方 16道

 第89巻: 凡31門、病源30首、方共計280道、

このなかには小児眼病の治法として次のものが記述されている。

1.治小児眼赤痛諸方 25道

2.治小児眼胎赤諸方 13道

3.治小児眼晴上生翳膜諸方 21道

4.治小児青盲諸方 6道

5.治小児雀目諸方 23道

6.治小児縁目生瘡諸方 12道

 

 また、第100巻には正人、背人、側人形の図で示された灸療法44図が所載されている。これは 『新刊黄帝明堂灸経』と同じものであり、「明堂灸経は宋の太宗の太平聖恵方百巻の中に附載するを抜出すと云えり」(『解題叢書』国書刊行会, 1916)とあるところから『太平聖恵方』から引用されていることがうかがえる。わが国では『新刊黄帝明堂灸経』(上・中・下巻)は慶安2 (1644)、萬治2 (1659)年版が発行されている。この明堂経には小児疳眼、小児青盲、小児雀目などの灸療法が記されている。

 

 『太平聖恵方』は『巣氏諸病源候総論』(隋、大業6年、巣元方等奉勅撰)の治法、処法などが採り入れられているといわれ、その眼病名も『巣氏諸病源候総論』の38個に対し、『太平聖恵方』はおよそ53個を掲載している。これらの眼病名は後世導入された明代の眼科(五輪八廓説)を通じて、わが国の眼科にも採り入れられたと思われる。

 

 本書は諸事情のためか、全100巻のうち、最初から第20巻までが版本で、第21巻から第100巻までは写本で伝えられているが、 このような大著が、先人の力によってわが国にのみ保存されてきた意義は極めて大きい。数少ない大変貴重な文献の1つとして後世に大切に伝えたいものである。

 

 

主な参考文献

1)国書刊行会: 解題叢書. 国書刊行会、1916

2)森潤三郎: 多紀氏の事蹟. 日本医史学会、1933

3)京都国立博物館: 医学に関する古美術衆英. 便利堂、 1955

4)三木 栄: 朝鮮医書誌. 自家出版、1956

5)三木 栄: 朝鮮医学史及疾病史. 自家出版、1963

6)服部敏良: 鎌倉時代医学史の研究. 吉川弘文館、1964

7)岡西為人: 中国医書本草考. 南大阪印刷センター、1974

8)奥沢康正: 今昔眼科病名対照表. 日本の眼科64: 621-632、 1993

9)小曽戸洋: 中国医学古典と日本. 塙書房、1996

 

 

 

    図1 『太平聖恵方』表紙

 

      図2 典薬頭 花押

 

 

  図3  巻八十九 小児眼科の目次

 

 

     図4 小児雀目の部分

 

 

 

 

  斎藤仁男  中泉行信  中泉行史  2003年