研医会通信  204号 

 2022.4.26
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この研医会通信では、当館所蔵の古医書をご紹介いたします。

今回は 「西忍医術と『 藪明集』 」 です。

 

西忍医術と『藪明集』

 

 わが国における医学の進歩発展の過程において、日本医学中興の祖といわれる曲直瀬道三(1507~1594)が、経験を基にした科学的実証医学を実行する魁となったことについては周知のとおりである。道三流医学は田代三喜(1465~1544)によって、主として中国金、元代の李東垣、朱丹渓などの医学を導入・継承したものといわれている。

 

『藪明集』は西忍(国分西忍入道)によって書かれたということになっているが、明確ではない(若山善二郎編『平出氏蔵書目録』典籍研究会、昭和14年刊には西忍著とある)。

 

 寛政6(1794)年版の本書の附言によれば、次の如く記されている。

 

   「……永正・天文ノ間ニ武州河越ノ産ニ導道三喜卜言フ者有り、大明ヱワタリ医学 

   ヲ発明シ、帰朝ナー漢道三ニ傳卜有リ、然則西忍亦道三、三喜ニ医学スルコト十有

   一年卜有り、其時ヲ以テ之ヲ考ヘ今ヲ去ル事凡三百年 然トモ其書泯ビズ 幸ニ予

   カ家ニ傳トイヘトモ全ナラズ 隠士有リ 其所以ヲ語ル 隠士予ニ授ルニ藪明集並

   口訣ヲ以ス 於是全キコトヲ得タリ、其今ヨリシテ後泯ンコトヲ恐レ故二鏤梓ニ

   テ以後来ニ傳ヘ治療ノ便ナランコトヲ欲ルハ予カ鄙意ナリ、一二ノ同士用ヒテ以其

   闘略ヲ補ハ幸甚焉。假名字ヲ以書シ、俗語ヲ以スル、故ニ文儀連續セサルカ如シト

   イヱトモ、漢字ヲ知ラサル者ヲシテ読易ク通シヤスカランコトヲ欲スル者乎。郊外

   医二乏シキ所ノ者是ヲ用ヒハ病苦ヲ救ノー助ナラント言爾」

 

 掲出の『藪明集』は、森田元貞校正、池下休和、佐野與斉、原田洞水居士、佐野休閑、龍崎友賢、野傳金吾編集.放鵠亭蔵板による刊本である。

 

 全10巻、四周軍辺匡郭、無界、毎半葉15行、毎行字数不定、漢字片仮名交り、和文、横長型本(13.5×19 cm)、5針和綴、1冊。また、本書の内容は各巻の目録項目によれば、およそ以下のとおりである。

 

藪名集口訣抄

西忍傳

  巻1 診候約術之詠之次方ほか

  巻2 洞水居士覚書ほか

  巻3 薬剤治証捷要

  巻4 中風ほか39の病門

  巻5 食物能毒

  巻6 中風ほか7の病門

  巻7 感胃ほか14の病門

  巻8 頭痛ほか25の病門

  巻9 五臓六腑虚実寒熱医家大法曰

  巻10 古流当流辨ほか40の辨

 

 巻1~5並びに口訣抄1巻が西忍の言で、池下久和、佐野興斉、原田洞水居士などが聞いたものを書き伝え、また、巻6から巻10までは西忍の言を含む李東垣、朱丹漢の医流で、田代三喜、曲直瀬道三らによって世に広められた。

 

 眼科は第8巻に病門眼目門を挙げ記述されている。その大概を記載すると以下の如くである。

 

眼目門

「眼目ハ氣血ヲ流通シ風邪ヲ退ケ腎水ヲ補益セハ眼目ノ昏暗ナル患ハアルマシキナリ、命門ノ相火タカフリ或ハ膏梁辛辣ノモノヲ過食シ胃火サカンニヲコリ、 目赤ク疼痛シ、アツキ涙出ハ 地骨皮黄栢ニテ命門ノ火ヲスゝシウス、地黄ニテハ血ヲ補スヘシ、或ハ少年壮年ニヨラス風眼ヲ煩ヒシカ シカトナヲラヌニ淫事ヲ犯セハ アカミモノカス、痛ミナヲラス目シフリ、カスミ多ク出ルナリ、然ル間ヤミ目ナヲラヌ間ハ必房蔓ヲツゝシムヘシ、房叓ヲ過シタルヒト 目赤クニコリ、マケサシ出 煩フハ淫事ヲイマシメ毒物ヲツゝシミ、内薬ニハ地黄地骨皮、當帰、黄栢、五加皮ノルイ用ユヘシ、風熱ニアタリ 目赤クイタミ 並ニ頭痛シ上氣シテ涙タラハ木賊、防風、尭活、黄芩、黄連、地黄、芍薬、大便結セハ大黄ヲ加フ、痛ミハナハタシクハ當帰ヲ加へ地黄ヲマス、煩熱シテ眠ムル叓ヲ得ズハ 山楯子ヲ加へ熱シ痛ミ赤ク腫ハ柴胡ヲ加、風熱升リセメ 目ノ中ニ赤筋ヒキハラハ 菊花ヲ加へ木賊ヲマス。自晴ツヨク腫テイタマハ乗白皮ヲ加ヘ、頭痛甚敷ハ薄苛ヲ加へ尭活ヲマス、右ノ療治ハ人々家々ニアリ、是ハ本道ヨリ療治ノヲモムキナリ」

 

 この眼目門に記載されている記述を見る限り、膏梁辛辣のものを摂り過ぎないこと、房事を慎しむこと、薬剤使用が眼病治療の中心をなしていたことがうかがえる。

 

 西忍すなわち国分西忍入道は、河内の国、国分(現大阪府柏原市、かわちこくぶ?)というところの人。楠正成の末葉で、幼少にして父母に後れ家巨に養育された。長じて関東に旧友をたずねて趣き、当時関東に名を顕した名医、田代三喜、曲直瀬道三がおり、その門弟となり、三喜に3年、道三に8年医学を学んだといわれる。

 

 このように掲出本は江戸時代の寛政6年に校正、編集出版されたものであり、校正者森田元貞に伝授(隠士予二授ルニ藪明集並口訣)されたといわれる原本を見ることはできないが、田代三喜、曲直瀬一漢道三の医流から学びとった、室町時代に著わされた西忍流医術の一端をうかがえる貴重な文献の1つであると思われる。

 

 

■‐主な参考文献

1)吉田意安: 歴代名医略伝(下). 田原仁左衛門刊, 1633

2)若山善三郎: 平出氏蔵書目録.曲籍研究会, 1939

3)中泉行正: 我国医学の発展と全九集.綜合医学15:9, 1958

4)矢数道明: 本邦李朱学派の開祖田代三喜, 日本医学中興の祖曲直瀬道三. 漢方の臨体 9:11-12, 1962

5)矢数道明: 近世漢方医学史― 曲直瀬道三とその学統. 名著出版, 1982

6)服部敏良: 室町時代医学史の研究. 吉川弘文館, 1971

 

 

     図1 『藪明集』 序文

 

   図2 『藪明集』 序文2

   図3 『藪明集』 序文3

 

 

   図4 『藪明集』序文4 識

  

  図3 『藪明集』巻頭

 

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斎藤、中泉 2005